神の子らの恩恵(シェムハザとアザゼル)
シェムハザ
堕天使『グリゴリ』の筆頭であるシェムハザは、サタンの分身(あるいは別名)であるという説があります。
ただ、両者は類似しているものの、別の存在であるとも主張されています。
𒉡画像引用 Angelarium(画像は現代のイラストです)
アザゼル
𒉡画像引用 Wikipedia
ナアマ
𒉡画像引用 Wikipedia
地上に降臨した堕天使『グリゴリ』――彼らは人類に何をもたらしたのでしょうか。
『グリゴリとネフィリム』シリーズの『その2』では、まずそのことについて確認していきましょう。
エノク書によると、人間の娘たちを娶ったグリゴリは――彼女たちとの関係がきっかけになったのかどうか?――人間に様々な知恵や技術を授けたそうです。
以下では、どのグリゴリが如何なる『指導』をしたのかについて、紹介します。
------------------------------------------------
𒅆シェムハザ(Shemhaza)〈注1〉
シェムハザは、グリゴリの筆頭とされています。
エノク書には、以下のように記されています。
「シェムハザは、全ての魔法使いと(草木の)根を断つ者とを教えた」
上記についてわかり易く言うと、(シェムハザは)医療・魔術・薬草の根や灌木の断ち方を教え、全ての魔法使い及び魔女たちの師になったとか。
別伝によると、シェムハザは『神の秘密の名前』を知っており、『イシュタハル(Ishtahar)』という乙女に誘惑されてそれを教えたとも伝えられています。
※このイシュタハルは、おそらくメソポタミア神話の女神『イシュタル』に由来していると思われます。
『巨人の書(The Book of Giants)〈注2〉』という文献によると、シェムハザは人間の娘との間には、2人のネフィリム――『オフヤフ/オヒャフ?(Ohyah)』と『ハフヤフ/ハヒャフ?(Hahyah )』〈注3〉が生まれました。
神は世界を滅ぼす大災厄を引き起こす前に、『夢』という形式で上記のネフィリムたちに警告したと伝えられています。
グリゴリとネフィリムの伝承において、最も重要と思われる存在が『アザゼル(名前の意味:神は強くする)』です。
アザゼルはグリグリの頭領の1柱とされ、エノク書には以下のように記されています。
アザゼルは剣・小刀、楯・胸当ての造り方を人間に教え、金属とその製品・腕輪・飾り・アンチモンの塗り方・眉毛の手入れの仕方・各種の石の中でも大柄の選りすぐったもの・ありとあらゆる染料を見せた。
その後、甚だしい不敬虔なことが行われ、人々は姦淫を行い、道を踏み外し、その行状はすっかり腐敗してしまった。
人間たちに文明的な技術を教えたのがアザゼルでした。
この堕天使について注目すべき部分は、カインの子孫にして鍛冶屋の始祖――トバルカインとの関係です。
アザゼルは、武具の作り方を教えたとされていますが、それを誰に教えたとかと言えば、鍛冶屋の始祖とされるトバルカインだと思われます。
逆に言えば、アザゼルに指導されたからこそ、トバルカインは『鍛冶屋の始祖』になることができたといえるでしょう。
なぜ、トバルカインはアザゼルに師事することができたのでしょうか。
ここでポイントとなるのは、グリゴリが人間の女を見初めたということです。
そう、グリゴリのアザゼルが求めた相手は、トバルカインの妹である『ナアマ〈注4〉』だったのです。
ナアマは、アザゼルやシェムハザと交わり、ネフィリムを産んだと伝えられています。
また、兄であるトバルカインとも交わり、悪魔『アスモデウス』を産んだという異説もあります。
上記のような不品行故に、『カバラ(ユダヤ教の神秘主義思想)』におけるナアマは悪魔の1人〈注5〉と考えられるようになりました。
しかし、ナアマのような女たちがアザゼルたちを虜にしたことにより、人間たちは高度な知恵や技術を授けられ、文明を発展させることができたといえるのかもしれません。
そういう意味では、ナアマは極めて大きな役割を果たしたといえるでしょう。
なお、秘密結社『フリーメイソン』には、トバルカインと呼ばれる秘密の合言葉(握手)があるそうです。
※公式には否定されています。
この理由の一説として、フリーメイソンの伝説上の始祖とされている人物の1人が(大洪水以前の人物である)トバルカイン〈注6〉だったからだとか。
ということは、アザゼルとトバルカイン(カイン一族の1人)は、陰謀論にとっても、極めて重要な存在だといえるでしょう。
※陰謀論では、しばしばフリーメイソンのことが言及されています。
【注釈 1~6】
■注1 シェムハザ(Shemhaza)[名前の意味:(彼は/私は)その名前を見る or (彼は/私は)名前を見た]
シェムハザの表記については、他に『シェミハザ(Shemihaza)』『シャムハザイ(Shamhazai)』『ウザ(Uzza)』『Samyaza』『Semihazah』『Shemyazaz』『Sêmîazâz』『Semjâzâ』『Samjâzâ』『Shemyaza』『Shemhazai』『Amezyarak』などがある。
マニ教の文献では『シャフミーザード(Shahmīzād)』という名前になっている。
この堕天使の名前は『シェム(意味:名)』と『アザ/ウザ(意味:強さ)』の合成であり、天使『アザ/ウザ』の名前が転じたものとも言われている。
■注2 巨人の書(Book of Giants)
『巨人の書』は、(エノク書と同じく)創世記の物語を膨らませたユダヤ教の文献(一般的には偽典扱い)であり、紀元前2世紀以前に作成されたと考えられている。
この文献は「なぜ大洪水以前の世界において邪悪な存在が蔓延ったのか」ということを述べる物語であり、それにより、神が大洪水を引き起こしたことを正当化する理由付けもされている。
『巨人の書』は、以前はマニ教の文献として知られていた。
しかし、死海文書の発見により、マニ教版『巨人の書』は(死海文書の中にある)アラム語版『巨人の書』に由来していることが判明した。
■注3 『オフヤフ/オヒャフ?(Ohyah)』と『ハフヤフ/ハヒャフ?(Hahyah)』
上記のネフィリムの表記については、『オフヤ(Ohya)』と『アフヤ(Ahya)』とされる場合もある。
マニ教の文献では、『オフヤフ⇒サーム(Sām)』と『ハフヤフ⇒パート・サーム(Pāt-Sām)/あるいはナリーマーン(Narīmān)』というようにイラン神話の英雄に因む名前に変更されている。
■注4 ナアマ
旧約聖書において『音楽家の始祖』はユバルとされているが、いくつかのユダヤ教の伝承では、ナアマも『歌うこと(音楽の一種)』と関連付けられている。
■注5 『カバラ(ユダヤ教の神秘主義思想)』におけるナアマは悪魔の1人
カバラの象徴の1つである『セフィロト(生命の樹)』を反転させた『クリフォト(邪悪の樹)』では、『キムラヌート(闇のマルクト)』に対応する悪魔がナアマとなっている。
■注6 フリーメイソンの伝説上の始祖とされている人物の1人が(大洪水以前の人物である)トバルカイン
一般的に考えられている(?)フリーメイソンの伝説上の始祖は、(トバルカインではなく)ソロモン王の神殿の建設を指導したという『ヒラム・アビフ』である。
神の子らの恩恵(その他のグリゴリ)
メソポタミアの有角神
画像は、角のある冠を被ったメソポタミアの神々の彫像です(紀元前2130年頃)。
旧約聖書――特に創世記及びそれに関係する文献――は、メソポタミア神話との関連が指摘されています。
おそらく、グリゴリのルーツになったのは、メソポタミア神話の下級神(後に天界神)『イギギ(Igigi)』ではないかと思われます。
メソポタミア神話でも、イギギが上級神であるエンリル(実質的な主神)に反抗した物語が伝えられています。
𒉡画像引用 Wikipedia
ギビル
グリゴリ(堕天使)には鍛冶技術を司るアザゼル(あるいはガデルエル)がいるのに対し、イギギ(反逆したメソポタミアの下級神)にも同様の権能を持った神『ギビル』がいます。
ギビルは広い知恵を持った『火・鍛冶・冶金の神』であり、その神性はエノク書におけるアザゼルの姿と重なります。
とういうことは、アザゼル伝承の大元のルーツを辿っていくと、ギビルの神話に繋がるのかもしれません。
𒉡画像引用 KA TAN LA TERRA DEGLI ANTICHI DEI/ANUNNAKI
大洪水以前の文字?
画像について、上半分の黒文字が『エノク文字』であり、下半分の色文字が『天使文字』と呼ばれています。
エノク文字は『エノク語』を表記するための文字であり、この言語・文字は、エリザベス1世に仕えた16世紀後半のオカルティスト『ジョン・ディー(John Dee)』とその助手だった霊媒師『エドワード・ケリー(Edward Kelley)』により『天使との交信』を通じてもたらされました。
上記の言語がエノク語と呼ばれるのは現代の慣例ですが、ディー自身は『天使の言語』『神聖言語』などと呼んでいました。
一説によると、エノク語は、超古代文明の1つとされるアトランティスで使用されていた言語という説があります。
ディーが語るところによれば、(ディーとケリー以前では)この言語を知っていた最後の人物が、エノクだったとのことです。
この言語を用いる魔術としては『エノク魔術』があり、魔術結社『黄金の夜明け団』でも取り入れられました。
一方、天使文字は『天使ラジエルの書』などの『グリモワール(魔術書)』に記された魔術的な文字であり、ヘブライ語のアルファベット(22文字)との対応が示されています。
この魔術書は中世に作成されたと考えられているので、天使文字の由来の信憑性は極めて低いといえるでしょう。
ただ、グリゴリの指導を受けた人間たちは、天使文字のような神秘的な文字も習ったのかもしれません。
𒉡画像引用 Wikipedia、天使の世界
シェムハザとアザゼル以外のグリゴリの恩恵は、以下となります。
------------------------------------------------
アラキエルの名前の意味は「大地の支配権を行使する」とのことです。
その権能故か、このグリコリは人間に『大地の兆(しるし)(the signs of the earth)』を教えました。
𒅆アルマロス(Armaros)〈注8〉
エノク書には、以下のように記されています。
アルマロスは魔法使いをいかに無効にするかを教え……
つまり、悪い魔法の効力を打ち消す方法を教えたグリゴリが、アルマロスとのことです。
𒅆ガデルエル(Gader'el)〈注9〉
エノク書には、以下のように記されています。
3番目は名をガデルエルと言い、ありとあらゆる致命的な打撃を人間の子らに見せたのはこの者であり、彼はまた『エバ』を誘惑し、人の子らに、殺戮用の道具・盾・甲冑・人を殺す剣・ありとあらゆる殺戮用の道具を見せた。
彼の手から(これらの道具が)その時から永遠に、乾いた大地に住む者に向かって投ぜられた。
※上記のエバ(イヴ)は『人間の女全般』を指していると思われます。
この記述を読む限り、ガデルエルはアザゼルと同様のことを人間に教えたことになります。
ガデルエルとはアザゼルの別名なのか、あるいは鍛冶の技術を司るグリゴリが複数いたのかは不明です。
𒅆バラクエル(Baraqel)〈注10〉
バラクエルは、人間に占星術を教えました。
𒅆チャザキエル(Chazaqiel )〈注11〉
チャザキエルは、人間に気象学を教えました。
𒅆コカビエル(Kokabiel)〈注12〉
コカビエルは、36万5千の天使を配下に持つとされた高位の天使でした。
彼は、人間に『天体の兆(占星術の一種?)』を教えました。
𒅆ペネム(Penemue)〈注13〉
エノク書には、以下のように記されています。
4番目は名をペネムと言い、この者は人の子らに苦みと甘みを見せ、また彼らの知恵の秘密を悉く見せた。
この者はまた墨と紙で『ものを書くこと』を人間に教え、それがために、永久に道を踏み外す者が多数にのぼり、今日に及んでいる。
人間は、墨と筆でその信仰を堅くするように生まれたのではない。
人間は御使いたちと全く同じように、ずっと聖にして清くいられるように、全ての者を蝕むところの死が彼らに触れないように創られたのに、この知識の故に彼らは滅び、この力の故に死は彼らを食い尽くす。
長々と書かれていますが、要は筆記術を教えたグリゴリがペネムというわけです。
「これの何が悪いの?」と思う読者の方がいるかもしれませんが、上記にある通り「人間は墨と筆でその信仰を堅くするように生まれたのではない」というところがポイントです。
この技術が元となり、現在に至るまで多くの人々が混乱している――と昔のユダヤ教徒は考えたようです。
現代は、多くの書籍が出版されていますが、人類が昔よりも賢くなったと言い切れない部分はあるかもしれません。
そういう意味では、割と考えさせるエノク書の言葉でした。
ただ、これを認めると、世界で最も出版されている書籍――聖書のことも否定されてしまうような気がします。
古代では、メソポタミアの『ナブー』、古代エジプトの『トート』などの『書記の神』が重要視されました。
これらの神々は、ギリシア神話では『ヘルメス(ローマ神話の名称:メルクリウス)』と同一視されるようになりました。
そうした神々を一神教的に解釈した存在の1つが、ペネムという堕天使なのかもしれません。
𒅆サリエル(Sariel)〈注14〉
サリエルは、人間に月の軌道を教えました。
上記について『禁断の知識』と考えられていた時期があったとのことです。
カバラの文献である『ゾーハル』によると、シャムシエルは『エデンの園』の番人とされています。
このグリゴリは、人間に太陽の軌道(黄道)を教えました。
タミエルは、人間に星の観察の仕方を教えました。
𒅆カスデヤ(Kasdeja)〈注15〉
カスデヤは、人間に「堕胎を含む様々な悪行」を教えました。
𒅆イエクン(Yeqon/Jeqon)〈注16〉
エノク書には、以下のように記されています。
1番目の者の名はイエクンと言い、全ての聖なる御使いたちの子らを迷わせ、乾いた大地に連れおろし、人の娘らによって迷わせた者である。
つまり――「さて、さて、あの人の子らの中から各々の嫁を選び、子をもうけようではないか」――と言って仲間たちを誘ったグリゴリが、イエクンだったのです。
彼と共にグリゴリを扇動したのが『アスベエル(Asbeel)〈注17〉』『ガデルエル』『ペネム』とされています。
以上、主なグリゴリを紹介させていただきました。
『エデンの園』を追い出されて以来、原始的な生活を送っていた(?)人間たちにとっては、こうした知識はありがたいものだったでしょうが、その結果、男たちは武器で争い、女たちは化粧で媚を売ることを覚えたとか。
堕天使を通じて文明の恩恵を受けた結果、地上に悪が蔓延るようになったのです。
【注釈 7~17】
■注7 アラキエル(Araqiel/Arakiel)[名前の意味:大地の支配権を行使する]
アラキエルの表記については、他に『Araciel』『Arqael』『Sarquael』『Arkiel』『Arkas』がある。
■注8 アルマロス(Armaros)[名前の意味:呪われた者]
アルマロスの表記については、他に『Amaros』『Armoniel』がある。
■注9 ガデルエル(Gader'el)[名前の意味:神は我が助け手]
ガデルエルの表記については、他に『ガドレエル(Gadreel )』がある。
■注10 バラクエル(Baraqel)[名前の意味:神の雷光]
バラクエルの表記については、他に『バラキエル(Baraqiel)』がある。
■注11 チャザキエル(Chazaqiel )[名前の意味:神の雲]
チャザキエルの表記については、他に『エゼケエル(Ezeqeel)』『Cambriel』がある。
■注12 コカビエル(Kokabiel)[名前の意味:神の星]
コカビエルの表記については、他に 『Kakabel』『Kochbiel』『Kokbiel』『Kabaiel』『Kochab』がある。
■注13 ペネム(Penemue)[名前の意味:内側]
ペネムは『ペネムエ』とも呼ばれている。
■注14 サリエル(Sariel)[名前の意味:神の王子]
サリエルの表記については、他に『Suriel』がある。
■注15 カスデヤ(Kasdeja)[名前の意味:覆われた手/隠された力]
カスデヤの表記については、他に『カスダイェ(Kasdaye )』がある。
『タミエル(Tamiel/名前の意味:神の完璧性)』 と同一視されることもある。
■注16 イエクン(Yeqon/Jeqon)[名前の意味:扇動者]
イエクンは『イェクォン』とも呼ばれている。
■注17 アスベエル(Asbeel)[名前の意味:神が見捨てた/神の脱走者]
エノク書によると、このグリゴリは「聖なる神の子らに悪知恵を授け、彼らを迷わせ、人の娘たちと(共に)その身を汚させた」と記されている。
グリゴリの正体
ゼカリア・シッチン
𒉡画像引用 The Ofiicial Website of Zecharia Sitchin
セト(アダムの三男)
𒉡画像引用 Wikipedia
セトの系図
画像はセト(アダムの三男)の系図です。
これを見る限り、セトから『ノア(大洪水の当事者)』に至るまで、セト一族はカイン一族と関わりがないように見えますが、解釈によっては、その中にカイン一族と深く関わった者たち(=グリゴリ)がいたとされています。
ノアとその家族が神に選ばれた理由は、カイン一族と交わらなかった『純血のセト一族』だったことも理由に挙げられるのかもしれません。
𒉡画像引用 Wikipedia
アダムの血統を受け継ぐ人種とは?
画像はシュメールの都市『マリ』の代官だった『エビフ・イルの像』であり、『像の目の部分(ラピスラズリ製)』もピックアップしてみました。
シュメール人は自分たちのことを『黒い頭(楔型文字:𒊕𒈪/saĝ-gi6)』と呼んでいたので、少なくとも(金髪・碧眼の)白人系ではないと考えられる傾向にありますが、エビフ・イルの像の造形は、碧眼で白い肌の人物のように見えます。
※髪は剃られている(?)ので髪の色は不明。
シュメールの各支配者は最高神官でもありました。
そして、神官と神(あるいは巫女と女神)はしばしば同一視される傾向〈注21〉があります。
故に、支配者とその一族については(より古い時代になるほど)白人系が主流であり、『黒い頭』と呼ばれた人々は労働者階級だった可能性もあります。
というのも、メソポタミア神話では「人間は神々に仕えるための奴隷として創造された」ことになっているからです。
なぜ、上記のような話を紹介したかと言うと、旧約聖書に記された以下のことと関係しています。
「セムの神の子孫からは、真の神の真の信仰を担うであろう人々を選んだ」
大洪水以後、最も重要視された一族は、ノアの息子の1人『セム』の子孫でした。
キリスト教原理主義者の中には、ノアの息子の『セム』がモンゴロイド(黄色人種)、『ハム』がネグロイド(黒色人種)、『ヤペテ』がコーカソイド(白人を含む人種)の祖先になったと信じている人々が(現代でも)いるそうです。
一方、陰謀論者だった『ユースタス・マリンズ』は『セム=白人』という見解を取っており――
「ノアはアダムの子孫の中で最後の純粋な血統だったから、神に選ばれた」
「ノアの長男セムの白人子孫を……」
――などと、その著書において書いています。
セムと同じく、最古の文明を築いたとされるシュメール人も「モンゴロイドなのか、コーカソイドなのか」と議論されていますが、『エビフ・イルの像』は、その答えを示すヒントになってしまうのかもしれません。
この場合、白人至上主義者が喜びそうな説になる可能性もありますが、ブログ主は「どの人種が正統」だとか「どの人種が優れている」だとか、そういう話をしたいわけではありません。
ただ、一神教系の文献で示唆される血統の重要性の元ネタを辿っていくと、シュメール文明における人種観――高貴な者とそうでない者を区別する基準――が関わっているかもしれないと考えているのです。
というのも、ユダヤ人の祖とされる『アブラハム』は、シュメールの都市『ウル』の出身とされたからです。
ちなみにウルの都市神は、メソポタミアの月神『シン』であり、出エジプトの指導者とされるモーセが『十戒の石板』を神から受け取ったのは、シンの聖山だった『シナイ山』とされています。
実際に、ユダヤ人の祖先がシュメール出身だったかどうかは、甚だ怪しいところです。しかし、旧約聖書において上記のことがわざわざ記された意味は深いでしょう。
少なくとも、その編者たちはシュメール人に敬意を抱いていたと思われます。
おそらく、ユダヤの神であるヤハウェの大元のルーツ〈注22〉はメソポタミアの古き神々であるアヌンナキであり、その中でも特にシンが中核とされた可能性があります。
※ただし、旧約聖書におけるヤハウェは、シュメール神話の実質的な主神『エンリル』的な性格が強くなっています。
バビロニア時代以降、メソポタミアではアヌンナキではなく、イギギ(元は下級神のグループ)の方が主流の神々になったので、そういう意味では、古代のユダヤ人たちはより古い神々への畏敬と信仰を大切にしていたのかもしれません。
𒉡画像引用 Wikipedia
そもそも、グリゴリとは何者だったのでしょうか。
本当に『元天使』だったのでしょうか。
あるいは宇宙人のような存在だったのでしょうか。
ユダヤ系アメリカ人の著述家『ゼガリア・シッチン(Zecharia Sitchin)』や彼の神話解釈を信じる複数の著者により、ネフィリムはシュメール神話の神々『アヌンナキ』であるという説が広められました。
彼の主張を並べると、概ね以下の通りになります。
------------------------------------------------
●太陽系内には、『ニビル』と呼ばれる長い楕円形軌道で移動する天体が存在する。
●ニビルは火星と木星の間にあった『ティアマト』という惑星と衝突し、地球と(火星と木星の公転軌道間にある)小惑星帯を形成した。
●シュメール神話において『アヌンナキ』と呼ばれる神々は、旧約聖書やエノク書に登場する『ネフィリム(あるいは堕天使グリゴリ)』に相当する。
●ニビルを故郷とするアヌンナキたちは、45万年前の地球に降り立ち、金などの鉱物資源を探索した。
●アヌンナキは、自らに代わる労働者として、自分たちの遺伝子と、地球にいた『ホモ・エレクトス(更新世に生きていたといわれるヒトの生物)』の遺伝子を掛け合わせて人類を創造した。
------------------------------------------------
上記のような話を、各種のブログやYouTube動画などで聞いたことはないでしょうか。
これらの説は皆、ゼガリア・シッチンの著作が元になっていると考えてよいでしょう。
そのため、シッチンの説を信じるなら、ネフィリムの『親』であるグリゴリも、宇宙人であるかのようなイメージを浮かべてしまいますが、古代のユダヤ教徒たちは現代人よりもずっと現実的な解釈をしていたようです。
上記について端的に言えば、グリゴリの正体は『人間』――それもアダムの三男『セト(セツ)』の子孫とのことです。
実は、セトの子孫が神に反抗し、カインの子孫(娘たち)と交わったという話は、2世紀以降のユダヤ教・キリスト教の資料に記述〈注18〉されていました。
また、エチオピア正教会版のエノク書(Amharic Ethiopian Orthodox Bible:Henok2:1-3)――アムハラ語で書かれたエチオピア正教会の聖書の一部――では、以下のように記されているとか。
聖なる山にいたセトの子孫は、彼女たちを見て愛した。
そして、彼らは互いに言った。
「さあ、我々のためにカインの子らの中から娘を選び、我々のために子を産ませよう」
読む者に対し、一切の迷いを抱かせない明確な記述です。
この文を目にして、「創世記(第6章)における『神の子ら』は天使である」という解釈をする人はまずいないでしょう。
さらに言えば、正統派のユダヤ教では、『神の子ら』が天使のことを指しているとか、天使が人間と婚姻し得るという考え方に反対する立場を取っていました。
故に、多くのユダヤ人による解説や翻訳では、ネフィリムは 『神の子ら(sons of God)』や『天使の子ら(sons of angels)』ではなく『貴族の子ら(sons of the nobles)』の子供たち〈注19〉であると説明されているそうです。
古代の宗教文献のことではありますが、ブログ主は見事な解釈だと思いました。
上記の説は、『神の子/グリゴリ(堕天使)=宇宙人』と考えてしまう現代人がバカバカしく見えてしまうほど、実に合理的な(?)見解だといえるでしょう。
また、グリゴリの堕天の理由についても、ある文献に興味深い記述がありました。
エノク書の記述では、グリゴリは自発的に天界を離れたような印象を受けますが、『ヨベル書』によると、グリゴリが地上に下った理由は、人類に『倫理』や『正義』を指導するよう神から命令を受けたためでした。
しかし、カインの子孫である娘たちに誘惑され、グリゴリは彼女たちと交わりました。
その結果、(巨人と伝えられる)『ネフィリム』が生まれたというわけです。
※『ネフィリムが生まれるまでの人類の系図(本章下の画像)』参照。
この件は天界(実際には『セト一族の共同体?』)のルールに反する行為でしたが、彼らは勝手に天界を離れたのではありません。
あくまで神(実際には『セト一族の長?』)の命令で地上に降臨し、神の命令で人類(実際は『カイン一族の共同体?』)の生活圏に入っていったことになります。
------------------------------------------------
●『神の子ら=グリゴリ』は(堕天使ではなく)実はセト(アダムの三男)の子孫であり、本来はセト一族に属する者たちだった。
●グリゴリは、人間を指導するよう神から命令を受け、地上に降臨した。
------------------------------------------------
これまで述べてきた上記2つの話を照らし合わせると、以下のような状況が想像できるでしょう。
------------------------------------------------
①最初の殺人者であるカインの子孫たち(カイン一族)の社会では、文明レベルと倫理観が極めて低かった。
一方、アダムの正統を受け継いだセトの子孫たち(セト一族)は、カインの子孫たちよりも文明的な生活を送っていた。
②セト一族は――カインの子孫を哀れに思ったのか、それとも(最低限の知的水準を向上させたうえで)彼らを自分たちの奴隷にするつもりだったのか――カイン一族に教育を施すために一部の者たちを派遣した。
この派遣されたグループが『神の子ら』や『グリゴリ(見張る者)』などの呼称で一神教系の文献に記された。
③セト一族から派遣された『教育者たち(あるいは代官?)』は、カイン一族に(当時において)先進的な知識や技術を伝えたが、カイン一族の娘たちに誘惑され、彼女たちと交わってしまった。
※おそらく、カイン一族の指導者たちは、派遣された教育者たちをもてなす意味で、娘たちを教育者たちに侍らせた?
④教育者たちとカイン一族の娘たちの間には、優秀者な子供たちが生まれた。
彼らは、一神教の文献では『ネフィリム』や『巨人』などの呼称で記された。
⑤セト一族のルールに違反した教育者たちは、自分たちが属する共同体に背き、勝手に独立勢力となってしまった。
その後、ネフィリムを擁したカイン一族は、セト一族を脅かす勢力に成長した。
------------------------------------------------
現代でも、教師たちの性的な不祥事が数多く報道されているのです。
大昔のことであれば、教育者『グリゴリ』がそうなったとしてもおかしくはないでしょう。
ただ、これはアダムの正統な血統を受け継ぐセト一族にとって、タブーだった可能性はあります。
また、派遣された地で(セト一族の許可なく)家族を持つこと――特にその地の有力者たちと婚姻関係を結ぶこと――は、政治的な問題も発生させたでしょう。
おそらく、グリゴリはカイン一族の中では神々のような扱いを受けていたと思われます。
セト一族内においてグリゴリの待遇が余りよくなかった〈注20〉とすれば、必然的にこの『辺境?(カイン一族の地)における利権』を独占したいと、彼らは思ったのではないでしょうか。
『本国(セト一族の支配地域)』と『属国?(カイン一族の支配地域)』の政治情勢がこじれ合った結果、グリゴリは本国から勝手に独立するどころか、優秀な息子たち(ネフィリム)を指揮官にしてセト一族の利権・領土などを浸食していったことが、一神教系の文献の記述から推測できます。
これこそが、(一神教側の本音の部分における)『グリゴリとネフィリムの悪』ではないか――ブログ主はこのように考えています。
ネフィリムの体長は『1350メートル(あるいは137メートル)』にまで達したという話もありますが、これは明らかに比喩だと思われます。
グリゴリが派遣される以前までは、セト一族の方が文明レベルの高い裕福な暮らしを送っていたのであれば、その体格がカイン一族よりも大きくなったことは考えられますが、巨人という表現を真に受ける必要はないでしょう。
一神教系の解釈でも、ネフィリムを『巨人』ではなく『超人』としている場合もあります(★参考サイト:聖書入門.com)。
カイン一族とセト一族の遺伝的長所――蛮族的な膂力と文明人的な知性?――を受け継ぎ、なおかつ父親(グリゴリ)から先進的な教育を手厚く受けることができたネフィリムは、当時における文武両道の傑物になったと思われます。
やがて彼らはカイン一族の指導者となり、各土地を開発したり侵略したりしたのではないでしょうか。
ユダヤ教の文献において 「ネフィリムは戦士だった」という記述があることを考えると、(創世記において『勇士』『名立たる男たち』と記されている通り)実際の彼らは「大洪水以前の世界における英雄たちだった」――というのが、より適切な表現かもしれません。
言うなれば、ギリシア神話などにおいて描かれた(へクラレスのような)『半神半人の英雄』の一神教的解釈が、ネフィリムだったというわけです。
『その1』にて、ブログ主は「大洪水以前の世界は人類最初の殺人者『カイン』の子孫が主流になっていた」と書きました。
また「カインの子孫は悪徳や腐敗を重ねた連中だった(1世紀頃のユダヤ人の見解)」とも言及しました。
後者について「間違ってはいない」が「正確さに欠く」とブログ主が反論したのは、本章で述べたことが理由となります。
グリゴリの正体がセトの子孫だとしたら――
悪徳に満ちていた大洪水以前の世界は、カイン一族とセト一族の混血種族(ネフィリム)が主流になっていた
――ということになるのですから。
ネフィリムの活躍は、アダムの正統を受け継いだとされるセト一族(純血派?)にとっては『悪なる行為』として映りました。
これはセト一族にとっては当たり前のことでしょう。
先述した通り、グリグリは勝手に本国から独立したうえに、世界の主導権まで奪ってしまったのですから。
ただ、セト一族(一神教)が指摘する『カイン一族の悪』には、『思想的な問題』というよりは『権力闘争』がその本質にあったと考えた方が、より合理的な見解になると思われます。
上記について宗教学的に言い換えるなら、半神半人の英雄が数多く活躍する多神教的な神話観は、一神教的な神話観からすれば悪徳なものとして解釈されたということです。
では、一神教系の文献において、このようなネフィリムが支配する世界はどのように終焉を迎えたのでしょうか。
次回では、その実態について考察したいと思います。
【注釈 18~20】
■注18 セトの子孫が神に反抗し ~ 2世紀以降のユダヤ教・キリスト教の資料に記述
上記の例としては『ラビ:シモン・バル=ヨハイ(Rabbi Shimon bar Yochai)』『ヒッポのアウグスティヌス(Augustine of Hippo)』『セクストゥス・ユリウス・アフリカヌス(Sextus Julius Africanus)』『聖クレメンス(St. Clement)』の手紙など。
(e.g. Rabbi Shimon bar Yochai, Augustine of Hippo, Sextus Julius Africanus, and the Letters attributed to St. Clement)。
■注19 ネフィリムは 『神の子ら』や『天使の子ら』ではなく『貴族の子ら』の子供たち
サイト『chabad.org』にあるヘブライ語版と併記された創世記(第6章の2)には、以下の文がある。
That the sons of the nobles saw the daughters of man when they were beautifying themselves,
and they took for themselves wives from whomever they chose.
貴族の子らは、人の娘たちが自分たちを美しくしているのを見ると、(彼らは)彼らが選んだ相手を妻にした。
また、グリゴリの神話的なルーツは、おそらくメソポタミア神話における神々のグループ『イギギ(楔形文字:𒀭𒉣𒃲/igigi)』だと思われる。
参考までに、イギギを表わす楔形文字(シュメール語)を確認してみよう。
『𒀭(dingir)』は神を表わす限定詞であり、発音しない。
その後にある『𒉣𒃲』の本来の読みは『nun-gal』となる。
『nun-gal』を直訳すると『great prince/great noble)――つまり『偉大なる王子/偉大なる貴族』となり、上記の創世記における『貴族の子ら』という意味と繋がることになる。
■注20 セト一族内においてグリゴリの待遇が余りよくなかった
グリゴリが神への忠誠心を(ほぼ)持っていなかったことは、一神教系の文献において共通している。
その理由は明記されていないものの、彼らが人類(カイン一族)のもと――おそらく辺境の地?――に派遣されたということ自体が、彼らの立場の低さを示唆している。
また、グリゴリのルーツと思われるメソポタミア神話のイギギ(下級神グループ)には、上級神のアヌンナキに酷使されて不満を抱いた余り、主神に対して反乱を起こした物語が伝えられている。
■注21 神官と神(あるいは巫女と女神)はしばしば同一視される傾向
上記については古い宗教になるほど見られる傾向である。
神官や巫女は神霊を宿す『器』であり、如何なる『神のお告げ』も神を祀る者から発せられることは間違いないからである。
日本神話の主神(女神)『天照大神』も、原初の頃は太陽神に仕える巫女であったとも考えられている。
■注22 ヤハウェの大元のルーツ
ヤハウェの直接的なルーツとしては、ウガリット神話(カナン神話)の龍神ヤム(別名ヤウ)やエジプトの月神『イアフ((Iah)※かなりマイナーな神』などの説がある。
イアフも蛇神と考えられていたようであり、性質が近いことから(古代ユダヤ人の間では)上記の神々は習合していたのかもしれない。
参考・引用
■参考文献
●旧約聖書Ⅰ創世記 月本昭男 訳 岩波書店
●聖書外典偽典4(旧約偽典Ⅱ) 村岡崇光 訳(日本聖書学研究所編) 教文館
●The Book of Giants(The Watchers, Nephilim, and The Book of Enoch) Joseph Lumpkin 著
●『巨人の書』の再検討 須永梅尾 著
●天使の世界 マルコム・ゴドウィン 著/大滝啓裕 訳 青土社
●天使辞典 グスタス・デイヴィッドスン 著/吉永進 監訳 創元社
●DAMKIANNA SHALL NOT BRING BACK HER BURDEN IN THE FUTURE! TAKAYOSHI・OSHIMA 著
●SUMERIAN LEXICON JOHN ALAN HALLORAN Logogram Publishing
●古代オリエント集(筑摩世界文學体系1) 筑摩書房
●古代メソポタミアの神々 集英社
●ソロモンの大いなる鍵 無極庵
S・L・マグレガー・メイザース 編集、松田アフラ、太宰尚 訳 アレクサンドリア木星王 監修 魔女の家BOOKS
●実践魔術講座 秋端勉 著 碩文社
●マハーバーラタ C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳
●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房
●カナンの呪い ユースタス・マリンズ 著(天童竺丸 訳) 成甲書房
●創作資料(仮) あわゆきこあめ 著
■参考サイト
●Wikipedia
●WIKIBOOKS
●Wikiwand
●Weblio辞書
●ニコニコ大百科
●ピクシブ百科事典
●コトバンク
●goo辞書
●聖書入門.com
●神様コレクション@wiki
●Angelarium
●The-demonic-paradise.fandom.com
●幻想動物の事典
●chabad.org
●カラパイア
●日本の黒い霧(国際NGOだいわピュアラブセーフティネット)
●古今の秘密の教え フリーメイソンリーの象徴主義
●ビッグカンパニーHP
●The Demonic Paradise Wiki
●創造ログ
●古代メソポタミアと周辺の神々、神話生物について
●ジョン・ディーの部屋
●World History Encyclopedia
●神魔精妖名辞典
●Angelarium
●湖畔の生活 言語探求日記
●まなべあきらの聖書メッセージ
●Rinto
●ことばさあち