太古の超兵器
ヴィシュヴァルーパ
ヴィシュヴァルーパ(サンスクリット語:विश्वरूप/Viśvarūpa)は、ヒンドゥー教の主神の1柱――ヴィシュヌの別名であり、神としての真の姿といわれています。
名前の意味は『universal form(普遍的形態)』であり、クリシュナはこの姿を現してアルジェナ(画像下の礼拝者)に同族と戦争することを決心させました。
●画像引用 Wikipedia
核兵器に見える壁画
画像の上部分が核兵器を思わせる壁画であり、左下部分が原子爆弾の写真です。
これだけ見ていれば確かによく似ていますが……。
●画像引用 Disclose.tv
アストラ(ミサイル)
「我は死神なり。世界の破壊者なり」
上記はマンハッタン計画を主導した理論物理学者――ジュリアス・ロバート・オッペンハイマーが、後年において口にしたという古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節(11章32節)です。
バガヴァッド・ギーターはインド神話の長編叙事詩『マハーバーラタ』の一部です。
この叙事詩に登場する主人公の1人――アルジュナは、様々な『いざこざ』を経て自身の縁者と戦争することになってしまいましたが、彼自身にはまだそのことに迷いがありました。
そんなアルジュナに対し、彼の友人にしてヴィシュヌの化身クリシュナが、神としての真の姿『ヴィシュヴァルーパ』を現し、バガヴァッド・ギーターの教えを説いて彼の迷いを払いました。
冒頭の言葉はその時に発せられたのです。
オッペンハイマーは自身をクリシュナ(ヴィシュヴァルーパ)に重ね、核兵器開発を主導したことについて後悔したとか。
なお、原文の訳としてより正確なのはおそらく――
「我はカーラ(時間)、世界を滅ぼす強大な根源である」
――だと思われます。
サンスクリット語のカーラ(काल/kāla)には、『時間』『黒』『死』などの意味があります。
カーラの概念は、『アタルヴァ・ヴェーダ』では『万物の根本原理』と考えられ、『リグ・ヴェーダ』では冥界の神ヤマ(閻魔大王)の異名として記されています。
つまりヴィシュヴァルーパとしてのヴィシュヌは、『宇宙の主』であると同時に『死神』としての相を示したことになります。
こうした背景まで考えて、敢えて「我は死神なり。世界の破壊者なり(Now I am become Death, the destroyer of worlds.)〈注1〉」という英訳でバガヴァッド・ギーターの一節を口にしたとすれば、オッペンハイマーはかなりインド神話・インド哲学に通じていたと言えるでしょう。
さて、本題に入りましょう。
インド神話の物語には、核兵器が使用されたと思われる描写が散見されます。
そうした兵器は、神や英雄たちの『必殺の武器』となり、彼らに立ちはだかった数々の敵を滅ぼしていきました。
左の画像(核兵器の壁画?)は、大元のソースは不明ながら、古代において核兵器が使用された証拠のように扱われています(古代核戦争説参照)。
壁画に描かれた戦士が持っているものは、確かに原子爆弾を彷彿とさせます。
ただ、インド神話において核兵器的な描写がされた武器は、このような『大きくて丸っこいもの』ではなく『アストラ(サンスクリット語:अस्त्र/astra)』という系統の武器でした。
アストラは、『擲射兵器』『矢』などと訳されています。
アストラという単語(名詞)は、『as(投げる)』という動詞語根を由来としていることから、この武器は元々『投げ矢』または『投げ槍』などの投擲武器だったと思われますが、物語においては弓とセットで使用されることが多いです。
このアストラ系の武器の中でも最強クラスのものが、核兵器ではないかと言われているのです。
ただ、それは我々が思い描く『科学的な武器』とは異なるようです。
その実態は、如何なるものだったのでしょうか……。
というわけで、本ブログの主要のテーマの1つ――『インド神話・哲学』の第1回目として、インド神話で言及された核兵器(的な武器)の謎について追っていきたいと思います。
神話の兵器にご興味のある方は、この先にお進みください。
【注釈 1】
■注1 Now I am become Death, the destroyer of worlds.
『バガヴァッド・ギーター 11章32節』についての上記の英訳は、オッペンハイマーのサンスクリット語の教師が、カーラの訳として『time(時間)』ではなく『death(死・死神)』を当てたからという説がある。
この節のカーラに関わるサンスクリット文の訳としては、『world-destroying time(世界を破壊する時間)』というのが一般的である。
なお、この一節のサンスクリット文は以下の通りである。
・デーヴァナーガリー文字
कालोऽस्मिलोकक्षयकृत्प्रवृद्धो(kālo ’smi loka-kṣaya-kṛt pravṛddho)
・発音
カーロー スミ ローカ クシャヤ クリ(ッ) プラヴリッドー
※『kṣaya-kṛt』は、文字通りには『 クシャヤ-クリトゥ』だが、唱謡の音源を聞くと『トゥ』の部分はほぼ発音しない。
上記の文は直訳すると「我は時間、力強い世界の破壊の源である」となる。
●引用 Bhagavad Gita The Song of God(Chapter 11, Verse 32:https://www.holy-bhagavad-gita.org/chapter/11/verse/32)
創造主の雷箭 ブラフマーストラ
インド神話の創造神 ブラフマー
ブラフマーは宇宙の根本原理である『ブラフマン(サンスクリット語:ब्रह्मन्/brahman)』を神格化した存在だといわれています。
中性名詞ブラフマン〈注4〉の語は、サンスクリット語の『動詞語根:ブリフ(bṛhまたはbṛih)』に由来し、これには『be thick(厚くなる)』『grow great(大きくなる)』『grow strong(強くなる)』『increase(増加する)』などの意味があります。
つまり『成長・拡大していくこと』が『宇宙の原理・法則』として考えられるようになったともいえるでしょう。
この『無限に拡大・増大していく原理』が破壊の力にも適用されたのが、ブラフマーストラなのかもしれません。
●画像引用 Wikipedia
ブラフマーストラの発射
ブラフマーストラは概して弓とセットで使用されました。
その際には、発動のための呪文(マントラ)を唱える必要がありました。
そういう意味では、科学的な『破壊兵器』というよりも『破壊魔術』という面が強いのかもしれません。
●画像引用 Alone World
■ブラフマー(左)とブラフマーストラが炸裂した光景(右)
原子爆弾などの核兵器が開発されてから、インド神話の破壊兵器と現代史の核兵器が比較されるようになりました。
いにしえの世界でも、このような大量破壊兵器が使用されたのでしょうか……。
●画像引用 धर्मयात्रा(ダルマヤートラー)
インド神話では様々な種類のアストラが登場しますが、まずはアニメやゲームなどのメディアで知られたものから取り上げると同時に、アストラという兵器の特徴について説明していきたいと思います。
まずは長編叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するラークシャサ(羅刹)の王ラーヴァナを、一撃のもとに葬り去った『ブラフマーストラ(サンスクリット語:ब्रह्मास्त्र/brahmāstra)』からです。
この章のタイトルでは、中二病っぽく(あるいはラノベっぽく)『創造主の雷箭(らいせん)』と当て字をしてみましたが、この単語は、ブラフマー(brahmā)とアストラ(astra:矢)という2つの名詞が結合した『複合語〈注2〉』であり、直訳としては『ブララマーの矢』となります。
※インド神話の登場兵器は厨二心(中二心)をくすぐります。
ブラフマーストラはその名の通りヒンドゥー教の創造神――ブラフマーにより造られました。
ブラフマーストラの上位互換として、『ブラフマシールシャーストラ(サンスクリット語:ब्रह्मशीर्षास्त्र/brahmaśĪrṣāstra)』と『ブラフマーンダーストラ(サンスクリット語:ब्रह्माण्डास्त्र/brahmāṇḍāstra)』があり、これらはより強力な破壊兵器とされています。
ブラフマシールシャーストラの単語に含まれる『シールシャ(śĪrṣa)』には、『頭』『先端』『頂き』などの意味があります。
このアストラは『ブラフマシラーストラ(サンスクリット語:ब्रह्मशिरास्त्र/brahmaśirāstra)〈注3〉』と呼ばれることもありますが、『シラ(śira)』の意味は『シールシャ(śĪrṣa)』と同じです。
つまり『ブラフマーの頭部(梵頭)の矢』という意味になりますが、ちょっと形が想像し辛い武器ですね。
実物を間近で見てみたいところです(その時に生きていられるかどうはわかりませんが……)。
これのさらに上位互換が、インド神話最強の兵器となるブラフマーンダーストラです。
この単語に含まれる『aṇḍa』とは、『卵』という意味であり、このアストラは『ブラフマーの卵(梵卵)の矢』ということになります。
『ブラフマーの卵(梵卵)』には、宇宙を1つの卵に見立てた『宇宙卵』という意味合いがあるでしょうから、まさしく宇宙の全てを破壊するような威力があるのでしょうか。
複数のブラーナ文献の記述によると、上記のブラフマー系のアストラは、他を圧倒する破壊兵器として考えられていたようです。
ブラフマーストラが発射されると、反撃や防衛は不可能であり、対抗できるのは同じブラフマーストラか、その上位互換であるブラフマシールシャーストラやブラフマーンダーストラだけだといわれています。
また、ブラフマーストラは必中であり、標的を完全に殲滅させるので、個体の敵、あるいは(集団の)軍隊に対して明確な意思表示のもとで使用されなければならないそうです。
ブラフマーストラを得るには、厳しい修行の果てにブラフマーを『見神』するほどの深い瞑想に入るか、この神への祈願呪文を師(グル)から教えられる必要があります。
当然のことですが、後者の場合は修行者の師がその呪文を知っているだけのレベルに達していることが前提です。
いずれにせよ、この武器はブラフマーから直接与えられる必要があったということなのでしょう。
古代サンスクリット語の文献によれば、ブラフマーストラは呪文(マントラ)により発動したとされ、使用には極めて高度な精神集中を必要とするそうです
また、この武器は1日に1度だけしか使用できなかったとのことなので、熟慮された戦略性の上で取り扱う必要もあるでしょう。
ブラフマーストラは、宇宙の力が凝縮された兵器であり、標的を完全に破壊しますが、同時に深刻な2次的被害をもたらすとも信じられていました。
この武器が炸裂した地域は不毛の地になり、その地域と周辺の生物は生きられなくなったそうです。
また、直接的な被害を受けなかった人間でも、男女問わず生殖能力を失ってしまったとか。
この他、被害地域では降雨量の減少があり、旱魃で大地に次々と裂け目が生じたと文献に記述されています。
このような性能・特徴を持つブラフマーストラは、叙事詩などの物語において最終兵器としてみなされ、通常の戦闘では使用されることはありませんでした。
以上、ブラフマーストラ(ブラフマー系アストラ兵器)の概略でした。
インド神話では、様々な大量破壊兵器の記述があります。
まだまだ続きますので、今回はここまでとし、次回はブラフマーストラの使用例などについて述べたいと思います。
【注釈 2~4】
■注2 複合語
サンスクリット語では、名詞や形容詞やその他の品詞(動詞そのものを除くあらゆる品詞)を繋げて複合語を作ることが多い。
辞書にあろうとなかろうとおかまいなしに自分勝手に複合語を創作していくことができるので、色々な単語を繋げて長大な複合語になることもある。
■注3 ブラフマシラーストラ(サンスクリット語:ब्रह्मशिरास्त्र/brahmaśirāstra)
山際素男(編著)のマハーバーラタと荻原雲来(編纂)の梵和大辞典では『ブラフマシラス(サンスクリット語:ब्रह्मशिरस्/brahma-śiras)』と書かれている。
『シラス(śiras)』の意味も、『シールシャ(śĪrṣa)』や『シラ(śira)』と同じく『頭』である。
■注4 中性名詞ブラフマン
サンスクリット語の元になったインド・ヨーロッパ祖語の名詞には、男性・女性・中性の3つの性があり、形容詞の変化もそれに一致していたとされる。
現在のインド・ヨーロッパ語族においては、これら3つの性を全て残している言語もあれば、中性が消失して男性・女性のみになったもの、性をほぼ完全に失った言語もあり、性の様相は多彩である。
英語では名詞には性はほぼ失われているが、サンスクリット語、ラテン語、ドイツ語、スラヴ語などにはこれが残っている。
なお、宇宙の根本原理とされるブラフマンは中性名詞だが、これを神格化した創造神ブラフマーは男性名詞となる。
参考・引用
■参考文献
●マハーバーラタ C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳
●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房
●ラーマーヤナ 河田清史 著 第三文明者
●SIVA PURANA The ancient book of Siva RAMESH MENON 著
●ヒンドゥーの神々 立川武蔵・石黒淳・菱田邦男・島岩 共著 せりか書房
●梵和大辞典 荻原雲来 編纂 講談社
●A Sanskrit English Dictionary M. Monier Williams 著 MOTILAL BANARSIDASS PUBLISHERS PVT LTD
■参考サイト
●Wikipedia
●धर्मयात्रा(ダルマヤートラー)
●ファンタジー作家のためのネタ帳 第5講 アグネヤストラ(アグネアの武器)とインド神話の超兵器
●まんどぅーかのサンスクリット・ページ
●Qiita
●コトバンク
●忘却からの帰還~Atomic Age
●Bhagavad Gita The Song of God