5-1
マヌと7人の賢者の乗る船がマツヤによって守られている場面
●画像引用 Wikipedia
ヴィシュヌ第1の化身 マツヤ
続いてはインド神話です。
こちらもギリシア神話同様、インド・ヨーロッパ語族に属する人々の1つであるアーリア人〈注43〉の神話ということになります。
このインド神話の大洪水物語にて『ノア』に当たるのは、マヌ〈注44〉という人物であり、シャタパタ・ブラーフマナ〈注45〉という文献では、以下のような物語が伝わっています。
ある時、マヌは小さな魚からから「数年後の大洪水で人類は滅亡しますが、私を飼ってくれたら、大洪水の時に助けます」と話しかけた。
マヌはその魚を飼うことにしたが、次第に大きくなっていったので海に放してやった。
数年後に大洪水が起こったが、マヌが魚の助言に従って船に乗り込むと、魚が近づいてきたのでその魚の角に船を繋いだ。
こうしてマヌはヒマラヤの高所まで魚に運ばれ、生き延びることができた。
その後、マヌは子孫を得るために苦行を重ね、水に供物を捧げる祭祀を続けると、1年後に水中から1人の女性が現れた。
ミトラ神〈注46〉とヴァルナ神〈注47〉が彼女を見初めたが、彼女は「自分はマヌの娘なのでマヌのもとへ行く」と言って去り、マヌと会うと「あなたが水に捧げた供物から生まれた」と話した。
そしてマヌとこの女性が始祖となり、地上に人々が溢れたという。
上記の内容はほぼ『Wikipedia』からの引用です。
魚の正体が文献によってヴィシュヌ神だったり、ブラフマー神〈注48〉だったりしますが、話の筋としてはどの文献も同じです。
【注釈 43~48】
■注43 アーリア人
アーリア人またはアーリヤ人は、狭義と広義で対象が異なる。
広義には中央アジアのステップ地帯を出自とし、南はインド亜大陸、西は中央ヨーロッパ、東は中国西部まで拡大したグループ。
狭義にはトゥーラーン(中央アジア地域)を出自としたグループを指す。
前15世紀以降にイラン集団(イラン・アーリア人)が拡大していったと言われる。
その後はテュルク・モンゴル民族の勃興と中央アジア・北部インド・西アジア 支配によりさらに細かい複数の集団に別れそれぞれが次第に独自の文化を形成していった。
現存する近縁の民族としてはパシュトゥーン人、ペルシア人、タジク人、北部インドの諸民族などがあり、彼らはアーリア人の末裔である。
また、広義には現存の彼らを指してアーリア人と呼ぶこともある。
■注44 マヌ
マヌ (Manu) は、インド神話の登場人物である。
彼は全生命を滅ぼす大洪水をヴィシュヌ神(またはブラフマー神)の助けで生き延びたとも、洪水後に人類の始祖となったとも伝えられている。
『リグ・ヴェーダ』によれば、マヌは「最初の祭祀者」と言われるヴィヴァスヴァットの子である。
ヒンドゥー教の聖典であるプラーナ文献では、太陽神ヴィヴァスヴァットとサンジュニャーの子であるため、マヌは「ヴァイヴァスヴァタ・マヌ」(ヴィヴァスヴァタ・マヌとも)と呼ばれる。
『ヴィシュヌ・プラーナ』では父は太陽神スーリヤ、母は創造神ヴィシュヴァカルマンの娘サンジュニャーだとされ、兄妹に双子のヤマとヤミー (Yami) 、そしてアシュヴィン双神とレーヴァンタがいる。
ヴァイヴァスヴァタ・マヌ(ヴィヴァスヴァタ・マヌ)は、アーディティヤ神群の一員とも、アヨーディヤーの初代の王とも言われている。
■注45 シャタパタ・ブラーフマナ
インドのヴェーダ祭式に関する文献の一つ。『白ヤジュル・ヴェーダ』の『ヴァージャサネーイ・サンヒター(Vājasaneyi-saṃhitā)』に付属するブラーフマナ文献。
前800年頃成立したと推定される。伝本にマーディヤンディナ派とカーンバ派との2派によって伝えられたものがある。
それに使用される言語は,ヴェーダに現れる散文に用いられる言語としては,最も発達しており,他のブラーフマナ文献に比較して新しいものとみられ,アクセントの表記方法も独特である。
ヴェーダ祭式の詳細な説明とともに多くの説話をも記し,インド思想史上の主要な文献でもある。
■注46 ミトラ神
ミトラまたはミスラは、イラン神話に登場する英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められた神。
インド神話の神ミトラと起源を同じくする、インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格である。その名は本来「契約」を意味する。
■注47 ヴァルナ神
ヴァルナは、古代インドの神であり、ミトラとならぶ最高神でもある。
ミトラと共に太古のアスラ族、アーディティヤ神群を代表した神である。
ヴァルナの起源は古く、紀元前14世紀頃のミタンニ・ヒッタイト条約文には、ミトラ神と共にヴァルナ神の名があげられている(条約=国家間の契約ということから)。
しかしヴェーダの時代にはヴァルナの地位は下がり始めており、インド神話においてもインドラのように人々に親しまれる神ではなくなっていた。
『リグ・ヴェーダ』などでは、雷神インドラ、火神アグニとともに重要な位置に置かれ、天空神、司法神(=契約と正義の神)、水神などの属性をもたされていたが、この段階ですでにブラフマーによって始源神としての地位を奪われていた。
さらに後には死者を裁くヤマ神に司法神としての地位を奪われた。
プラーナ文献においては8つの方角のうち西を守る守護神とされた。
■注48 ブラフマー神
ブラフマーはヒンドゥー教の神の1柱、創造神でありトリムルティ(最高神の3つの様相)の1つに数えられる。
4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる。
ブラフマーはスワヤンブー(Svayambhū:自ら産まれる者)やバーギーシャ(Vāgīś:言葉の王)という名でも知られ、4つの口のそれぞれから4つのヴェーダを紡いだとされている。
ブラフマーという名前の由来ははっきりしない。
ヴェーダ時代(紀元前1500~500年)の文献には「絶対的現実」というヒンドゥー哲学上の概念を意味する「ブラフマン(宇宙の根本原理)」と、バラモン教の聖職者を意味する「ブラフミン」がともに登場しており、このことがブラフマーという名前の由来の特定を妨げる一因となっている。
ブラフマーという名前の神格はヴェーダ時代の後半に登場している。
ブラフマンは中性で抽象的、形而上的なヒンドゥー教の概念であり、一方のブラフマーはヒンドゥー神話に多く登場する男性神のなかの1柱である。
ブラフマンというコンセプトはブラフマー神の登場よりもずっと古く、学者の中にはこの『特徴を持たない普遍的な原則』であるブラフマンを擬人化し目に見える象徴としたものとしてブラフマー神が登場したのだと仮定する者もいる。
5-2
マハーユガとユガ
ヒンドゥー教の世界観では、4つのユガ(時代)を1つの単位として『マハーユガ』と呼びます。
所説ありますが、ユガについて記載された最も古い文献の1つであるマヌ法典では、サティヤ・ユガ(クリタ・ユガ)が4800神年、トレーター・ユガが3600神年、ドヴァーパラ・ユガが2400神年、カリ・ユガが1200神年の期間となっているそうです。
神年とは神にとっての1年であり、人間で言えば360年に相当し、各ユガは人間の年数に換算すると以下の通りになります。
①サティヤ・ユガ=172万8千年
②トレーター・ユガ=129万6千年
③ドヴァーパラ・ユガ=86万4千年
④カリ・ユガ=43万2千年
⇒合計して1つのマハーユガは432万年となります。
●画像引用 Wikipedia
創造神ブラフマー
インド神話の世界観では、この現象世界はブラフマーが創造した幻影(マーヤー/サンスクリット語:माया māyā)とされています。
大洪水物語には、「悪しき行動を繰り返す人間を滅ぼすために神が大洪水を引き起こした」など何等かの原因が描かれる例がよく見られますが、インド神話ではそれについて語られていません。
故に大洪水直前の世界がどうなっていたのかもよくわからないのです。
ただ直接言及されなかっただけで、インド神話における各方面の説話を集めてみると、なんとなくその姿が見えてきます。
それを1つずつ追っていきましょう。
まずポイントとなるのは、インド神話の時間観念です。
先ほどギリシア神話で5つの時代区分に言及しましたが、インドでそれに当たるのが『ユガ〈注49〉』です。
『ユガ』とは、循環する4つの時期から成る時代の名称であり、簡単に説明すると以下のようになります。
①サティヤ・ユガ(クリタ・ユガ)
徳が支配する時代であり、人間の平均身長は21キュービット〈注50〉、平均寿命は400年になる。
※1キュービットは肘から中指までの長さで概ね43~53センチメートルほど。
②トレーター・ユガ
徳が4分の3、罪が4分の1を占める。人間の平均身長は14キュービット、平均寿命は300年になる。
③ドヴァーパラ・ユガ
徳が2分の1、罪が2分の1を占める。人間の平均身長は7キュービット、平均寿命は200年になる。
④カリ・ユガ
徳が4分の1、罪が4分の3を占める。人間の平均身長は3.5キュービット、平均寿命は100年になる。
ギリシア神話同様、こちらも古い時代ほどよく、新しい時代ほど悪いというパターンです。
各神話に共通するこの傾向は、一般的には古い時代への憧憬や願望などが込められた結果だと説明されることが多いです。
次にインド神話のスケールの大きい時間観念を説明します。
①~④までのユガは、まとめて『マハーユガ〈注51〉』という1つの時間単位となります。
このマハーユガが1000個分集まった時間の単位がカルパ(劫〈注52〉)といい、創造神ブラフマーの半日となります。
ブラフマーは半日活動し半日眠るので、ブラフマーの1日で2カルパが経過することになります。
【注釈 49~52】
■注49 ユガ
ユガ(Yuga)は、インド哲学において、循環する4つの時期からなる「時代」の名前である。
4つの時期とはサティヤ・ユガ、トレーター・ユガ、ドヴァーパラ・ユガ、そして最後にカリ・ユガである。
■注50 キュービット
キュビット(キュービット、キュビト)は、古代より西洋の各地で使われてきた長さの単位である。
今日、キュビットを日常的に使用している文化は存在しないが、宗教的な目的(例えばユダヤ教など)では現在でも使われている。
キュビットは、肘から中指の先までの間の長さに由来する身体尺である。
『キュビット』という名称は、ラテン語で『肘』を意味する cubitum に由来する
他の身体尺と同じように、後に特定の人物(その土地の有力者、王)の体に基づいて決められるようになり、さらに他の長さの単位との関係の中で明確な定義が与えられるようになった。
よって各地で様々な長さのキュビットが使われていたことになるが、その長さはおおむね 43 - 53 センチメートルである。
■注51 マハーユガ
4ユガを合わせたものがマハーユガ(432万年)。
■注52 カルパ(劫)
1000のマハーユガをカルパ(劫)といい、梵天(ブラフマー)の昼(夜)にあたる。
ヒンドゥー教の宇宙観によると、宇宙の生命は41億年から82億年のサイクルで創造、破壊される。
ブラフマー自身の寿命は、311兆400億年である。
サイクルは季節のように繰り返すと言われる。
また春夏秋冬のように、それぞれのユガは段階を持ち、徐々に移り変わって行く。
5-3
マハーユガとマヌ期
インド神話の世界観では、1カルパ=1000マハーユガ(43億2000万年)の間に14人のマヌ(各マヌ期における人類の始祖)が現れるとされています。
各マヌ期には、約71マハーユガ(3億672年)が含まれるとされています。
●画像引用 インド宇宙論大全
さて、ここから重要な話になるのですが、1カルパの間には14人のマヌが出現するそうです。
マヌには『人類の始祖』という意味合いがあり、各マヌを始祖とする時代をマヌ期〈注53〉と呼びますが、インド神話の世界観で考えるなら、それは14回の大洪水が発生することを意味します。
そして最大のポイントは、マヌ期の入れ替わりにおいて、ブラフマー神がいる上位の天界〈注54〉に住む者達などを除き、不死であるはずの神々も入れ替わることです。
それには神々の王であるインドラ神〈注55〉などをはじめとする主要な神々も含まれるのです。
つまり「大洪水で滅ぶのは人間だけでなく神々も含まれる」ということになります。
不死であるはずの神々が滅ぶのですから、その原因は老衰のような穏やかなことではないでしょう。激しい戦争などがあったことを連想させます。
神話に詳しい人なら、これを読んであることを想像しませんか?
そう……北欧神話における神々の没落『ラグナロク〈注56〉』です。
インド神話の大洪水物語で原因が言及されなかったのは、ひょっとしたら神々に仕える司祭バラモン〈注57〉にとって都合の悪い内容があったからかもしれません。
実際、神々の滅亡について具体的に物語を描いたのは北欧神話くらいであり、他には余り見当たりません。
ただ、少なくとも神々とされる存在の『肉体』が過去に滅びていなければ、過去の歴史にあるように人間が好き勝手にこの世界で活動することはできなかったでしょう。
【注釈 53~57】
■注53 マヌ期
カルパ(劫)は全部で14期あり、れぞれに1人の人類の祖マヌが存在するとされる。
1人のマヌの生存期間をマヌヴァンタラという。
現在のマヌは第7のヴァイヴァスヴァタ・マヌであり、太陽神ヴィヴァスヴァットの子である。
ヴィシュヌ神が救ったのはこのマヌとされ、彼からイクシュヴァークをはじめとする諸王家が誕生したと説明されている。
■注54 上位の天界
インド神話の天界は6層から構成される。下から以下のようになる。
①プヴァル・ローカ(空界)
②スヴァル・ローカ(天体界:仏教で言えば兜率天)
③マハル・ローカ(夜摩天:ヤマがいる天界)
④ジャナ・ローカ(ブフラマー神の心浄き息子達が住む)
⑤タポー・ローカ(ヴァイブラージャと呼ばれる神々が住む)
⑥サティヤ・ローカ(ブラフマ・ローカとも言う。不死の住人が住む)
このうち、①と②はカルパ終了時に生じる火で消滅し、③は世界は残るが住人は足元の熱に耐えられないので、④の天界に避難することで姿を消す。
マヤ期の終了時に消える天界はないが、インドラなどの主要な神は入れ替わるとされる。
なお、インドラはスヴァル・ローカにいるとされる。
■注55 インドラ神
インドラ(Indra)はバラモン教、ヒンドゥー教の神の名称である。
省略しない名称は『シャクロー・デーヴァナーン・インドラハ(śakro devānām indraḥ)』であり、『強力な神々の中の帝王』を意味する。『シャクラ(śakra)』や『サッカ(sakka)』とも呼ばれる。
デーヴァ神族に属する雷霆神、天候神、軍神、英雄神である。
ディヤウスとプリティヴィーの息子。
特に『リグ・ヴェーダ』においては、最も中心的な神であり、ヴァルナ、ヴァーユ、ミトラなどとともにアーディティヤ神群の一柱とされる。
また、『ラーマーヤナ』では天空の神として登場する。
漢訳では、因陀羅・釋提桓因・帝釈天・天帝釈・天主帝釈・天帝・天皇などと書かれ、特に仏教における帝釈天の名で知られている
■注56 ラグナロク
ラグナロク(『神々の運命』の意)は、北欧神話の世界における終末の日のことである。
『神々の没落』や『神々の黄昏』とも呼ばれる。
ラグナロクの時、主神のオーディンのはじめとする北欧神話の神々はその敵達と共にほぼ全滅する。
■注57 バラモン
バラモンとは、インドのカースト制度の頂点に位置するバラモン教やヒンドゥー教の司祭階級の総称。
『バラモン』とはサンスクリットの「ブラーフマナ」(brāhmaṇa)が漢字に音写された婆羅門を片仮名書きしたものであり、正確なサンスクリット語形ではない。
ブラーフマナとは古代インド哲学で宇宙の根本原理を指すブラフマンから派生した形容詞転じて名詞。
つまり『ブラフマンに属する(階級)』の意味である。ブラフミン(Brahmin)ともいう。
5-4
興福寺の阿修羅像
インド神話では悪魔的存在とされているアスラは漢訳では『阿修羅』と表記されました。
イラン方面ではアスラの方が神とされ、真言密教の至高存在である大日如来もアスラの大王をルーツとしています。
●画像引用 Wikipedia
インド神話の神々が過去の戦争で滅びていた、そしてこれからの戦争で滅びる可能性は、充分あり得ます。
何故ならインド神話の神々『デーヴァ〈注58〉』は、しばしばそのライバルである魔神『アスラ〈注59〉』に倒され、世界の覇権を奪われているからです。
インド神話をよく読めば、アスラが単なる敵役ではないことに気付きます。
彼らは強大な力を持ち、デーヴァ以上に善き統治者となるアスラ王〈注60〉も現れたとか。
そしてアスラは『インド神話における巨人〈注61〉』に当たります。
天界に住むデーヴァに対し、アスラは地下世界を拠点とし、両者はしばしば覇権を巡って争いますが、一方の支配が永続することはありません。
言うなれば、インド神話では対等な関係にある2大勢力が成立しているのです。
具体的な言及はないですが、大洪水の際にアスラが生き残ったという記述もないので、このタイミングでデーヴァと相打ちになり、共に滅びた可能性は高いです。
そう仮定するのであれば、インド神話における大洪水以前の世界とは、それだけの惨禍をもたらすほどの『武力』や『兵器』を有していた文明ということになるでしょう。
また、それを保持するに足るだけの他のテクノロジーなども発達していたのではないでしょうか。
実際、マハーバーラタやラーマーヤナ、そして各種のプラーナ文献には、核兵器や航空機などを思わせる描写が散見されます。
これについては、いずれ別の機会で語ることにしましょう。
『デーヴァとアスラの最終戦争』のような物語は、インド神話で語られることはありません。
ただ、その片鱗はインドの隣にあるイランの神話に垣間見ることができます。
それがゾロアスター教の神話です。
というわけで、次回はゾロアスター教の神話(イラン神話)の『大洪水以前の世界』について考察したいと思います。
【注釈 58~61】
■注58 デーヴァ
デーヴァ(deva) は、サンスクリット語で神を意味する語である。
女性形はデーヴィー(devī)。印欧祖語に由来する。
ヒンドゥー教、仏教などインド系の諸宗教で現われる。漢訳仏典では、天部、天、天人、天神、天部神などと訳される。
デーヴァが住む世界をデーヴァローカ (devaloka, deva loka) と呼び、天、天界、天道、天上界などと漢訳される。
インドのデーヴァはイランのダエーワと同一の語源と言われるが、イランのゾロアスター教ではダエーワは悪神である。
ラテン語のデウス(dēus)などと同じ語源である。
■注59 アスラ
アスラ(asura)とは、インド神話・バラモン教・ヒンドゥー教における神族または魔族の総称。
本来、『リグ・ヴェーダ』に見られるように、古代インドにおいてアスラは悪役的な要素はあまりなく、デーヴァ神族の王インドラに敵対することもある天空神・司法神ヴァルナとその眷属を指していたが、その暗黒的・呪術的な側面が次第に強調されるようになり、時代が下った古代インドではアスラを魔族として扱うようになった。
「アスラはア(a=非)・スラ(sura=生)である」という俗語源説も、この転回を支持するものだった。
インド神話がバラモン教からヒンドゥー教へと発展し、シヴァ・ヴィシュヌが新しく主神となると、アスラはヴァルナの眷属であるという設定はなくなり、神々の敵対者、主にダーナヴァ族・ダイティヤ族の総称としてアスラの呼称は使われるようになった。
アスラが仏教に取り込まれてそれが中国に伝わると、漢字を当てて『阿修羅』と表記されるようになった。また、中国において『阿』の文字が名の接頭辞(日本でいう「○○ちゃん」、また1文字の女性名(Category:日本語の女性名参照)に添えられる『お』に該当する)と同じ表現であることからか、『修羅』とも呼ばれる。
■注60 アスラ王
アスラ族を束ねる王。
強豪なアスラ王は、神々であるデーヴァを打倒し、三界(天界・地上界・地下世界)の征服に成功した。
そうしたアスラ王の中には名君と知られた者もおり、その1柱であるマハーバリ(Mahābali)の統治は、「喜びに満ち、世界はあまねく光り輝いて富にあふれ、三界のどこにも飢える者はなかった」という。
このマハーバリの別名を『ヴァイローチャナ』と言い、真言密教(真言宗)の主尊たる仏『大日如来(マハーヴァイローチャナ)』になったという説がある。
大日如来の他にも、大乗仏教の仏や明王にはアスラのルーツとしている者がいる。
■注61 インド神話における巨人
アスラ族の代表はダーナヴァ族・ダイティヤ族という2種族である。
ダイティヤ(Daitya)の語源は、ギリシャ神話の巨人であるティターンと共通といわれている。
また、マハーバーラタなどの物語でもアスラは巨人という呼称で表現されることがある。
参考・引用
■参考文献
●ヒンドゥーの神々 立川武蔵・石黒淳・菱田邦男・島岩 共著 せりか書房
●インド宇宙論大全 定方晟 著 春秋社
●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房
●SIVA PURANA The ancient book of Siva RAMESH MENON 著
■参考サイト
●Wikipedia