4-1
ヘーシオドス
ヘーシオドス(ヘシオドス)は紀元前700年頃の古代ギリシアの詩人であり、叙事詩『神統記』の作者といわれています。
この叙事詩には神々の政権交代など、ギリシャ神話の世界観の中核となる物語が語られています。
●画像引用 Wikipedia
続いてギリシア神話の大洪水物語を見てみましょう。
日本人でも、ギリシア神話については自国の日本神話より知っている人が多いのではないでしょうか。
それくらい世界的にメジャーなギリシア神話にも、大洪水物語が残されています。
ギリシア神話の場合、珍しいことに2種類の洪水物語がありますが、同じ出来事について2つの説を述べたわけではありません。異なる時代の大洪水に言及した物語なのです。
1回目の『オギュゴス王の洪水〈注29〉』は『白銀の時代』を終わらせ、2回目の『デウカリオーンの洪水〈注30〉』は『青銅の時代』を終わらせたと伝えられています。
ここでギリシア神話の時代区分について簡単に説明します。
ギリシア神話には第1から第5の時代まであり、それぞれ『黄金の種族』、『白銀の種族』、『青銅の種族』、『英雄の種族』、そして『鉄の種族』が支配していたとされています。
このような時代区分はギリシア神話に限らず、他の神話にも見られます。
これらの基本的なパターンは、古い時代ほど良く、新しい時代になるほど悪くなっていく傾向にあります。
先に述べた通りオギュゴス王は白銀の時代、デウカリオーンは青銅の時代の住人ということになり、『ノアの大洪水』に似た物語は、『デウカリオーンの洪水』の方となります。
デウカリオーンがギリシア神話おける『ノア』に当たる人物ですが、彼が生活した青銅の時代とは、どのような世界だったのでしょうか。
【注釈 29~30】
■注29 オギュゴス王の洪水
オギュゴス王はボイオーティア地方の中心にある都市テーバイ(テーベ)の創始者とされている。
地理学者のパウサニアスによれば、オギュゴスはエクテネ(テーバイの先住民)の王だったとか。
ギリシャ神話で最初の世界規模の洪水である『オギュゴス王の大洪水』は彼の治世中に発生し、その名前は彼に由来する。
伝承によると、オギュゴスは大洪水を生き延びたが、多くの人々が死に絶え、この王の死後、荒廃したアッティカには189年間王がいなかったという。
■注30 デウカリオーンの洪水
デウカリオーンは、ギリシア神話の登場人物である。長母音を省略してデウカリオン、もしくはデュカリオンとも表記される。
プロメーテウスとクリュメネー、プロノエー、ヘーシオネー、あるいはパンドーラーとの息子で、プティーアーの王。デウカリオーンの妻ピュラーは、プロメーテウスの兄弟エピメーテウスとパンドーラーの娘である。
『デウカリオーンの洪水』で知られる。
世界中の神話や伝説に共通して見られる大規模な大洪水伝説は、紀元前3000年ごろのメソポタミアで起こった大洪水の記録であるとする説がある。
デウカリオーンの大洪水神話は、上記の記録がギリシアで起こった大洪水の伝承に重なったものと考えられている。
4-2
トネリコの木(左)とユグドラシル(右)
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仕事の日々
『仕事と日々』は、ヘーシオドスが紀元前700年頃に書いた828節からなる古代ギリシアの詩です。
上記には人類の5つの時代(黄金時代⇒銀の時代⇒青銅時代⇒英雄時代⇒鉄の時代)の神話が語られています。
●画像引用 Wikipedia
ギリシア神話によると、青銅の種族は主神のゼウスがトネリコの木から創造した存在です。
彼らには強靭な肢体があり、力が強く、暴力を好んで争いを繰り返していたようです。
鉄器が発見される前の種族であり、主に青銅器を扱っていたことから青銅の種族と名付けられたとか。
このことは一般的な古代史の流れを感じさせますが、これを超古代文明の話として仮定・解釈すると、いくつか注目すべき点があります。
まずは青銅の種族がトネリコの木から創造されたという点。
実は北欧神話〈注31〉の世界樹であるユグドラシルもトネリコの木なのです。
ギリシア神話と北欧神話は同じインド・ヨーロッパ語族〈注32〉の神話であり、地域も近いことからかなりの共通点が見られます。
ひょっとしたら、青銅の種族は世界樹としてのトネリコの木から創造されたのかもしれません。
次に、青銅の種族は強靭な肢体と怪力を持ち、争いを繰り返していたという点です。
ここで思い出していただきたいのは、エノク書に登場する巨人(ネフィリム)の存在です。
青銅の種族の特徴をエノク書の巨人と比べてみると、共通点が多いことに気付きませんか?
エノク書の巨人も食料を奪い合うために争いを繰り返しました。彼らは共食いにまで到って神の怒りを買い、滅ぼされたのです。
こうして考えてみると、ギリシア神話における大洪水以前の世界とは、青銅器を主体とし、それを武器として争い続けられるだけの文明レベルがあったということになります。
まあ、単純に「大洪水以前は青銅器時代だった」と言ってしまえばそれまでのことですが、伝説の金属とされる『オリハルコン』も実は『真鍮(黄銅)』だったという説があるので、これが一番順当な見方となるでしょう。
ただ、こうした銅の加工において、大洪水以前の時代には『魔術的な力』を込めるような技術があったのかもしれません。
仮にそうだとすれば、太古の青銅器時代は我々が一般的な古代史で授業で教えられるような青銅器時代とは、かなり異なる時代だった可能性があると思います。
青銅の種族の話は上記で言及する程度で留めますが、エノク書の内容と比較しながら考えると想像は広がります。
【注釈 31~32】
■注31 北欧神話
北欧神話は、キリスト教化される前のノース人の信仰に基づく神話。
スカンディナビア神話とも呼ばれている。
ゲルマン神話の一種で、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランド及びフェロー諸島に伝わっていたものの総称。
普通、フィンランド神話とは別系統のものとされる。
■注32 インド・ヨーロッパ語族
インド・ヨーロッパ語族は、ヨーロッパから南アジア、北アジア、アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、オセアニアにかけて話者地域が広がる語族である。
印欧語族と略称される。
英語をはじめ、この語族に属する言語を公用語としている国は100を超える。
その起源は、現ウクライナまたはアナトリア半島という説がある。
4-3
パンドーラー
パンドーラーは日本では長音符を付けずにパンドラと呼ばれる場合が多いです。
●画像引用 Wikipedia
デウカリオーンとピュラー
●画像引用 Wikipedia
ちなみにデウカリオーンの妻であるピュラー〈注33〉は、かの有名な最初の女性――パンドーラー〈注34〉の娘です。
パンドーラーに纏わる神話はリンク先の情報を参考にしていただくとして、彼女が最初の女性ということは青銅の種族には女性がいなかったことになります。
無論、パンドーラーの夫となったエピメーテウス〈注35〉には、プロメーテウス(プロメテウス)〈注36〉という知恵豊かな兄がおり、この2人には母親、つまり女性であるクリュメネー〈注37〉という女神がいました。
ということは「パンドーラーは最初の女性ではないのでは?」と疑問を抱いてしまいますが、この場合、青銅の種族とプロメーテウスなどのティターン神族(ティーターン神族)〈注38〉は分けて考えるべきということなのでしょうか。
そう解釈したとしても、パンドーラー以前には女性がいなかったはずなのに、青銅の種族はどうやって生まれてきたのか。
トネリコの木から『木の実』、あるいは『工場生産』のようにポンポンと生産されていたのでしょうか。
またプロメーテウスの弟であるエピメーテウスは兄同様ティターン神族に属していることになり、パンドーラーは青銅の種族の妻になったわけではありません。
パンドーラーの娘ピュラーの夫であるデウカリオーンは、プロメーテウスの息子であり、これまたティターン神族に属することになるので、パンドーラーとその娘は青銅の種族と結婚していなかったことになります。
ティターン神族=青銅の種族と考えるなら、この点での矛盾は無くなります。
ただこの場合、ティターン神族はゼウス以前〈注39〉から存在した神々なので「ゼウスがトネリコの木から青銅の種族を創造した」という前提が崩れます。
上記について、実は青銅の種族はゼウスに創造されたわけではなく、オリュンポス神族〈注40〉に敗北したことで『神に仕える奴隷(=青銅の種族の時代における"人間")』的な存在に堕とされたという見方もできます。
ただそれだと、ティターン神族の女神も女性に含まれてしまうので、『パンドーラーが最初の女性』という前提が崩れてしまいます。
パンドーラーの場合は、人造人間的な意味合いで最初に創造された女性ということになるのでしょうか。となると、その意図としては性奴隷的ないやらしい目的を想像してしまいますね(いや、それはブログ主がいやらしいからか……)。
【注釈 33~40】
■注33 ピュラー
ピュラーは、ギリシア神話に登場する女性である。エピメーテウスとパンドーラーの娘で、デウカリオーンの妻である。
彼女は、デウカリオーンと共に、『青銅の時代』を終焉させた大洪水を生き伸びた人間として知られる。
ピュラーとはギリシア語で、『赤い髪の女』の意味である。
■注34 パンドーラー
パンドーラーは、ギリシア神話に登場する女性で、神々によって作られ人類の災いとして地上に送り込まれた。人類最初の女性とされる。
パンは『全てのもの』であり、パンドーラーは『全ての贈り物』を意味する。
また日本では長音符を付けずにパンドラとも表記されている。
現在伝わっている神話では人間とされているが、かつては地母神であり、陶器に描かれた絵に神々に作られたパンドーラーが大地から出現する表現が見られることから、地下から恵みをもたらす豊穣神だったと考えられている。
■注35 エピメーテウス
エピメーテウスは、ギリシア神話に登場する神で、ティーターンの一柱である。プロメーテウスの弟で、ヘーシオドスが『仕事と日』において、対比的に神話を語っている。
日本語では長母音を省略してエピメテウスとも表記する。
『エピメーテウス』とはギリシア語で epi(後の)+ metheus (知恵)という意味であり、現代日本語の『下種の後知恵』という慣用句に類似して、行動・失敗した後で、ああしていれば良かったと後悔する者の意である。
これは兄のプロメーテウスが、『先の知恵』すなわち「先見の明を持つ・行動する前に熟慮する」という意味であるのと対比的な名である。
■注36 プロメーテウス(プロメテウス)
プロメーテウスは、ギリシア神話に登場する男神で、ティーターンの1柱である。イーアペトスの子で、アトラース、メノイティオス、エピメーテウスと兄弟、デウカリオーンの父。
ゼウスの反対を押し切り、天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。
また人間を創造したとも言われる。
日本語では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。
ヘルメースと並んでギリシア神話におけるトリックスター的存在であり、文化英雄としての面を有する。
■注37 クリュメネー
ギリシャでクリュメネーは数名登場するが、このクリュメネーは、オーケアノスとテーテュースの娘で、ティーターンのイーアペトスとの間にアトラース、メノイティオス、プロメーテウス、エピメーテウスを生んだ。一説にイーアペトスの妻はアシアー。クリュメネーをプロメーテウスの妻とする説もある。
■注38 ティターン神族
ティターンまたはティーターンは、ギリシア神話・ローマ神話に登場する神々である。ウーラノス(天)の王権を簒奪したクロノスを始め、オリュンポスの神々に先行する古の神々である。
巨大な体を持つとされる。
日本ではしばしばティタン、ティターン、あるいは英語による発音にもとづいてタイタンと表記される。
また、ヘーリオスやセレーネー、プロメーテウスなど、狭義のティターンの子孫(特にゼウスに与しない神々)も、ティターンと呼ばれる事がある。
ゼウスが父クロノスに戦いを挑んだ時、ティーターンたちの多くもクロノス側につき、10年に渡る大戦争となった。この戦争をティタノマキアという。
恐らくは、バルカン半島の地においてインド・ヨーロッパ語族共通の天空神由来のゼウス信仰が確立する以前の、古い時代の自然神と思われる。
地底に封じ込められており、彼らが時々暴れると地震がおきると信じられていた。
この点において、シュメール神話の天界の神々であるアヌンナキが後代のバビロニア神話では地下世界の神々になっていることと関連しているかもしれない(ただしアヌンナキが新しい神々によって地下世界に追いやられたという神話はない)。
■注39 ゼウス以前
ゼウスは、ギリシア神話の主神たる全知全能の存在。
全宇宙や天候を支配する天空神で、人類と神々双方の秩序を守護・支配する神々の王である。全宇宙を破壊できるほど強力な雷を武器とし、多神教の中にあっても唯一神的な性格を帯びるほどに絶対的で強大な力を持つ。
このゼウスが主神となる以前は、大地と農耕の神クロノスと彼が率いるティターン神族が世界を支配していた。
■注40 オリンポス神族
ゼウスを筆頭とする神々。ティターン神族から支配権を奪った。
オリュンポス12神は、ギリシア神話において、オリュンポス山の山頂に住まうと伝えられる12柱の神々。主神ゼウスをはじめとする男女6柱ずつの神々である。
現代ギリシア語では『オリュンポスの12神』と呼称されるが、古典ギリシア語では単に『12神』と呼んだ。
4-4
どうも『世界の滅亡と再生の神話』には、神々とされる存在の覇権争いが絡んでいたように思えてくるのです。
それに比べてみれば、(大洪水の原因とされる)人間の倫理の問題などは些細なことだった可能性すらあります。
これを解く鍵として、ギリシア神話ではプロメーテウスというティターン神族がとても重要です。
『先見の明を持つ者』という意味の名前を持つ彼は、人類に『火』をもたらし、大洪水の際には青銅の時代における最後の人類(?)となるデウカリオーンを助けました。
この『火』は文明の象徴といわれます。
さらに人間はプロメーテウスが創造したという説もあります(ギリシア神話の人間創造は諸説あり、神々と同じく大地=ガイア〈注41〉より生まれたとされる説の方が一般的かもしれません。もっとも、この場合の人間とは男性のみを指します)。
このプロメーテウス――今まで述べてきた登場人物の誰かに似ていませんか?
そう……プロメーテウスはメソポタミア神話の智恵の神エンキ、それにエノク書の堕天使グリゴリという2つの役割を担っているのです。
プロメーテウスは巨人とされるティターン神族に属しますが、グリゴリは同じく巨人とされるネフィリムの父親とされ、両者の関連を感じさせます。
ただエノク書の巨人はヤハウェ〈注42〉による天地創造後に地上に現れた存在ですが、ギリシア神話の巨人の場合は逆であり、オリュンポス神族以前に地上の支配者だった存在です。
また、ヤハウェとゼウスは共に強大な力を持っていますが、その性格はまるで違い、同一視できるような存在ではありません。
巨人が現在の支配者たる神(ギリシア神話の場合はゼウス)に先立つ存在かどうかは断定できませんが、プロメーテウスが、ヤハウェやゼウスなど『人類を滅ぼす側の神』とは対立関係にあった神格――エンキやグリゴリに近いことは、重要なポイントとなるでしょう。
あるいは、世界の支配者が変わったことで、旧世界の人間(=旧支配者のために都合よくプログラミングされた奴隷ロボット)を一斉処分する処置が『大洪水』だった――ギリシア神話の大洪水物語とその関連神話を調べていくうちに、ブログ主はそのような可能性すら感じました。
以上、ギリシア神話の『大洪水以前の世界』でした。
次回はインド神話の『大洪水以前の世界』について考察したいと思います。
【注釈 41~42】
■注41 大地(ガイア)
ガイア、あるいはゲーは、ギリシア神話に登場する女神である。
地母神であり、大地の象徴と言われる。
ただし、ガイアは天をも内包した世界そのものであり、文字通りの大地とは違う存在である。
『神統記』によれば、カオスから生まれ、タルタロス、エロースと同じく世界の始まりの時から存在した原初神である。
ギリシア神話に登場する神々の多くはガイアの血筋に連なり、また人類もその血を引いているとされ、母なる女神としてギリシア各地で篤く崇拝された。
未来を予言する能力を持つ女神であり、デルポイの神託所はアポローンの手に渡る前に元々ガイアのものであった。さらに、地上のあらゆる事がその上で行われることから、誓言の神でもある。
■注42 ヤハウェ(ヘブライ文字:𐤄𐤅𐤄𐤉)
ヤハウェは旧約聖書および新約聖書における唯一神の名である。
この名はヘブライ語の4つの子音文字で構成され、神聖四文字、テトラグラマトンと呼ばれる。
神聖四文字とこれを『アドナイ(わが主)』と読み替えるための母音記号とを組み合わせた字訳に基づいて『Jehovah』とも転写され、日本語ではエホヴァ、エホバとも表記される。
遅くとも14世紀には『Jehova』という表記が使われ、16世紀には多くの著述家が 『Jehovah』の綴りを用いている。
近代の研究によって復元された原音に基づいて、これを『Yahweh(ヤハウェ)』と読むのが主流とされているが、正確な発音としては『ヤフウ』の方が近いようだ。
ヤハウェのルーツをカナン神話の神ヤム(別名は『ヤウ』でヤハウェの別名と同じ)と考える説があるが、これが正しいなら後者の発音の方が自然である。
現代のユダヤ人の氏名においても『ネタニヤフ(原音は『ネタニヤウ』の方が近い)』などがある通り、神名『ヤフ(ヤウ)』に因む名称の事例が見られる。
参考・引用
■参考文献
●ギリシア神話 呉茂一 著 新潮社
●マンガ ギリシア神話1~8巻 里中満智子 中央公論新社
●世界の神々 神話百科 フェルナン・コント 著 蔵持不三也 訳 原書房
●A Day in the Life of God Osita Iroku 著
■参考サイト
●Wikipedia
●神様コレクション@wiki