大洪水以前の世界 その3 メソポタミア神話

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■アヌンナキが描かれた古代シュメールの印章

 

 UFOを思わせる物体の上にはおそらく神々がおり、その下には『生命の樹』が描かれています。

 左側には天体の輝きを象徴化した模様がありますが、これが皇室の16菊花紋などの元になったといわれています。

 この粘土板には他に竜なども描かれ、後世の文化に影響を及ぼすような情報が詰め込まれています。

 

●画像引用 Wikipedia

 21世紀になってから注目を浴びているメソポタミア神話

 その大洪水に纏わる伝承と、大洪水以前の世界がどのようなものなのか追ってみましょう。

 

 ユダヤ教キリスト教イスラム教などの一神教を熱心に信じる方には面白くないでしょうが、旧約聖書の創世記には元ネタがあるといわれます。
  それがメソポタミア神話です。

 

 例えば旧約聖書に描かれる大洪水神話、これはメソポタミア神話の『ギルガメシュ叙事詩〈注9〉』や『アトラ・ハシース叙事詩〈注10〉』を参考にしたようです。
 これらの物語でノアに当たる人物は、ギルガメッシュ叙事詩ではウトゥナピシュティム(Utnapishtim)、アトラ・ハシース叙事詩ではタイトル通りのアトラ・ハシース(Atra-Hasis)と呼ばれています。
 アトラ・ハシースは『exceedingly wise/非常に賢い(者)』という意味らしいので、おそらくこちらの方はウタナピシュティムの称号だったのでしょう。

 

 どちらもアッカド神話〈注11〉に登場する人物ですが、それに先立つシュメール神話〈注12〉の大洪水物語では、ウトゥナピシュティムはジウスドゥラ(楔形文字:𒍣𒌓𒋤𒁺/ zi-u4-sud-ra2『永遠の生命』)と呼ばれています。

※シュメール語の辞書からジウスドゥラの意味を調べたところ、直訳が(おそらく)『長い時間(の)生命を手に入れる(者)』となりました。


【注釈 9~12】

 

■注9 ギルガメシュ叙事詩

 『ギルガメシュ叙事詩』は、古代メソポタミアの文学作品。
 実在していた可能性のある古代メソポタミアの伝説的な王ギルガメシュを巡る物語。
 人間の知られている歴史の中で、最も古い作品の一つ。
 『ギルガメシュ叙事詩』というタイトルは近代学者により付けられたもので、古来は作品の出だしの言葉を取って題名とする習わしがあったことから『すべてを見たるひと』と呼ばれていた。

 

■注10 アトラ・ハシース叙事詩

 アトラ・ハシースまたはアトラハシス / アトラ・ハーシスは、紀元前18世紀に3枚の粘土版にアッカド語で記された叙事詩、或いは『アトラ・ハシース叙事詩』)の主人公。

 『旧約聖書(創世記)』における『ノアの方舟』の物語の登場人物――ノアに当たる人物。

 なお、アトラ・ハシースのより古い呼称は『アトラム・ハシース』という。

 

■注11 アッカド神話

 アッカド人の神話。バビロニア神話とアッシリア神話がそれに相当する。
 シュメール神話を継承したアッカド人の神話である。
 内容はシュメール神話を引き継いでいるが、政治的な都合によって物語が改変された可能性はある。
 神々の名前などは、表記は異なるもののシュメール神話の神格を継承している。
 そして、この段階でほぼ現在に知られている古代メソポタミア地域の神話は確立した。

 

■注12 シュメール神話

 シュメール人の神話である。
 メソポタミア神話全体に大きく影響を与え、フルリ人、アッカド、バビロニア、アッシリアの神話、その他の文化に引き継がれた。
 シュメール文明が世界最古の文明といわれるためか、シュメール神話もまた有史における最古の神話と定義される傾向にある。

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ギルガメシュ叙事詩における大洪水のことを記した粘土板

(粘土板11)

●画像引用 Wikipedia

メソポタミアの船

●画像引用 P.OST

 大洪水の原因は、シュメール神話版ではその部分の粘土板が失われていて不明です。

 

 ギルガメシュ叙事詩では、不老不死を求めてウルクの王ギルガメシュがウトゥナピシュティム(ジウスドゥラ=アトラ・ハシース)と出会った際、ウトゥナピシュティムからの伝聞の形式で大洪水のことが語られます。
 その話の中で、大洪水後にウトゥナピシュティムを助けた知恵の神エンキ(アッカド神話ではエア〈注13〉)は、大洪水を決定した神々の指導者であるエンリル〈注14〉を非難しました――洪水の代わりに(『ライオン』や『』といった)猛獣・飢饉・疫病で人間を減らせばよかったと。

ライオンは『戦争を繰り返す君主(アレクサンドロス大王のような英雄とされる人物も含む)』、は『国を荒らす蛮族』のメタファー(隠喩)かもしれません。

 

 ということは、大洪水の原因は人口にあるようです。

 

 より大洪水の詳細が語られているアトラ・ハシース叙事詩では、はっきりと人口過剰が原因であると言及されています。
 増え過ぎた人間たちが引き起こす『騒音』や『喧騒』がエンリルの睡眠を妨げたので、この神は疫病・飢饉・旱魃などを引き起こして人口を減らそうと画策しますが、その度にエンキが人間に知識を与えたことで危機を脱し、結果として人口はさらに増えてしまいます。
 これに怒り狂ったエンリルは、大洪水で人類を滅ぼすことを決定し、さらにはこの計画を漏らさないよう他の神々に約束させました。しかしエンキはこっそりアトラ・ハシースに「葦の小屋の壁を通して」人類の危機を伝え、船の作り方を教えました。

 こうしてアトラ・ハシースは大洪水を乗り越えて生き延びました。

 

 その後、エンキは不妊や幼児死亡、そして戦争などで人口を抑制する手段を講じます。

 上記の案が、人口増加(及びそれによる『騒音』)を懸念するエンリルを説得する方法だったのです。

※アトラ・ハシース叙事詩では「エンキはエンリルの命令により戦争を起こさせる」という旨が書かれていました。


 エンキの助力のお陰で人類は存続を許されたというわけですが、現代の女性も悩ませる不妊症や絶えざる戦災の原因は、エンリルとエンキの協定(2柱の最高神の意思)が原因ということになってしまいますね。


【注釈 13~14】

 

■注13 知恵の神エンキ(アッカド神話では『エア』と呼ばれている)/楔形文字:𒀭𒂗𒆠(dingir-en-ki)

 エンキは、メソポタミア神話の神である。
 エンキの名前の正確な意味は不確かながら、当てられた楔形文字からは『地の主(Lord of the Earth)』を表すといわれている。
 後のバビロニア神話では、都市エリドゥの守護神エアとして知られる。
 エアの名前の語源はフルリ語ともセム系の言語ともいわれているが、『生命』『泉』『流れる水』などを意味する『hyy』と考えられている。
 水の属性を持つ他、知識や魔法を司り、人間の創造者もある。

 

■注14 エンリル/楔形文字:𒀭𒂗𒆤(dingir-en-lil2)

 エンリル(シュメール語)またはエッリル(アッカド語)は、古代メソポタミア神話に登場するニップルの守護神。
 シュメール・アッカドにおける事実上の最高権力者――つまり最高神である。
 彼に象徴される数字は『50』で随獣は怪鳥アンズー。
 ヌナムニルという別称もあるが、通常『エンリル』と呼ばれるその名は、シュメール語で『EN ( 主人)+LIL(=風)⇒風の主)』を指し、嵐や力を象徴することから『荒れ狂う嵐』『野生の雄牛』という異名を持つ。
 また、至高神の位にあるエンリルはアッカド語で『主人』を意味する『ベール』とも呼ばれ、後にエンリルに代わって主神となった者たちも、エンリルのように『ベールの称号』を得た。
 最も崇敬を集めていた時代は、王権を象徴する神とされ、多くの侵略戦争はエンリルの名の下で行われたという。

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風の神 エンリル

●画像引用 Wikipedia

 さて、メソポタミア神話における大洪水以前の世界とは、どのようなものだったのでしょうか。
 注目すべきポイントはやはり人口です。
 『騒音』や『喧騒』で絶滅させられるのは、人類としては納得ができないところですが、人口問題は他の神話でもテーマになっているようです。


 古代インドの叙事詩であるマハーバーラタ〈注15〉でも、物語終盤において、聖仙ヴィヤーサ〈注16〉は「三大神の1柱――ヴィシュヌ神〈注17〉から聞いた」と前置きした上で、人口過剰で大地にかかる負担を減らすために大戦争が引き起こされたと語っています。


 故にエンリルの眠りを妨げた『騒音』とは、『騒音をメタファー(比喩)にした人口に関わる問題』だったのではないかと推測されます。
 具体的な原因はともかく、神が憂うほどの人口過剰だったのが、メソポタミア神話における大洪水以前の世界ということになります。

 神話において、神殿が立てられたり(エンキによって)農業や医学などの知識がもたらされたりしたと言及されているので、少なくとも文明レベルは(我々の歴史でいう)古代文明の域まで達していたと思われます。

 その一方、エノク書で言及されたような巨人は登場せず、戦争が起こったという記述もありませんでした。

 

 ひょっとしたら、『騒音』が戦争を表している可能性がありますが、それなら人口は戦争である程度減少するはずなので、大洪水を引き起こす原因としては少し弱いような気がします。

 もちろんは戦争が『騒がしい行為』の一種であるのは事実ですが、アトラ・ハシースを読む限り、エンリルが災厄を送るまでは一方的に人口が増えていったような描写がされています。ということは、大きく人口が減るような戦争はなかった可能性が高いですね。

 仮にそういう戦争があったとしても、エンリルが大洪水を決断した頃(時代)には、もう戦争が起こるような問題が解決していたのかもしれません。

 

 メソポタミア神話でも、大洪水以前の世界の人間たちは旧約聖書のそれ以上に寿命が長かったようで、シュメール王名表〈注18〉には在位20000年超える王のことが記されています。
 エンリルが手を出すまでは、記録されるほどの災厄も無かったようですし、これでは人口は増えていく一方でしょう。

 逆に言えば、それだけ人類にとって大洪水以前の世界は楽園に近い世界だったのかもしれません。


【注釈 15~18】

 

■注15 マハーバーラタ

 『マハーバーラタ』は、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩。
 ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの1つで、グプタ朝(西暦320年から600年代)の頃に成立したと見なされている。
 マハーバーラタは、『バラタ族の物語』という意味であるが、もとは単に『バーラタ』であった。
 『マハー(偉大な)』がついたのは、神が、4つのヴェーダとバーラタを秤にかけたところ、秤はバーラタの方に傾いたためである。
 『ラーマーヤナ』とともにインド二大叙事詩と称され、インド神話を構成する重要な文献の一つである。

 また、世界3大叙事詩の一つともされる。

 

■注16 聖仙ヴィヤーサ

 ヴィヤーサは、インド神話の伝説的なリシ(聖仙)で名前の意味は『編者』の意。

 パラーシャラ仙とサティヤヴァティーの子。
 叙事詩『マハーバーラタ』の著者とされ、またヴェーダやプラーナ文献の編者ともいわれる。
 『バーガヴァタ・プラーナ』ではヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)の1つに数えられている。

 

■注17 ヴィシュヌ神

 ヴィシュヌはヒンドゥー教の神である。
 ブラフマー、シヴァとともにトリムルティ(三神一体)の1柱を成す重要な神格であり、特にヴィシュヌ派では最高神として信仰を集める。
 トリムルティ(三神一体)では、ブラフマーが創造、ヴィシュヌが維持、シヴァは破壊を司るとされる。

 

■注18 シュメール王名表

 シュメール王名表、古代メソポタミアにおいて、シュメール人、及びセム系などの他の民族の王朝の王をシュメール語で列記した古代のテキストである。
 後世のバビロニア王名表やアッシリア王名表もこれと同様のものである。
 王名表には、「公式な」王権や王の推移が王の在位年数とともに記録されている。
 伝説的な古代の王ほど在位は長くなり、大洪水以前の王は在位が1万年を軽く超える。

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イギギといわれている像

●画像引用

Anunnaki Genetic Creation of the Human Races Demons and Spirits. 3rd Edition

知恵の神 エンキ

画像引用 Wikipedia

 エノク書では、堕天使グリゴリが人間に様々な知識を教えたと記されていますが、メソポタミア神話でその役割を果たしたのはエンキです。

 その動機もエンリルの災厄から人類を守るためであり、人間の娘を見初めたからではありません。

 

 ただしその一方でグリゴリと類似した神々も登場します。
 それがイギギ(Igigi)〈注19〉です。
 奇しくもイギギの名前もグリゴリ同様『見張る者(Watcher)』という意味があるようです。

 

 彼らは上位神ではあるアヌンナキ〈注20〉のために労働を担っていた下級の神々でしたが、ある日、過酷な労働環境に不満が募り、ストライキを起こしました。
 その労働を代行するためにエンキの命令で創造されたのが人間なのです。そしてその際に殺害されたのがイラウェラ(より古い名称だとゲシュトゥ/シュメール神話ではラムガ〈注21〉)という神でした。

 この神の肉と血を混ぜた『粘土』から人間が造られます。
 この『粘土』が何なのか具体的には不明ですが、人間の肉体を構成するための素材だったようです。

 これに神性が加わったことで誕生した人間は、神々のために神殿を建造し食物を確保するなど、せっせと働いてきたのですが、結末は先に述べた通りです。

 

 アトラ・ハシースでは、イギギがストライキを起こした際、エンキが「彼らの仕事は重労働だった」と神々の中で唯一同情を示している発言があります。

 また、別の神話ではエンキの長男とされるマルドゥクがイギギのリーダーという記述もあります。

 故にマルドゥクの父であるエンキが、イギギを統括する最高責任者だったのではないかと考えられるのです。

 このように仮定すると、エンリルが人類に災厄を送った際、指示を出したのはエンキでも、実際に人類と接触して援助したのはイギギだった可能性が高いです。

 

 考えてみれば、エンキは神々の宰相に当たるような上位神です。
 自分が発案・創造に関わっていたとはいえ、人間たちを助けるために自らが直接動くのはちょっとあり得ない話ですからね。

 

 上記はあくまで推測ですが、イギギ=グリゴリと考えるならこのような神々の関係が成り立つのではないでしょうか。
 ただし、イギギが人間の娘を見初めて子供を産ませたとか、その子供が巨人だったとかなどの記述は、メソポタミア神話においては見られません。


【注釈 19~21】

 

■注19 イギギ(Igigi)/楔形文字:𒅆𒄀(igi-gi)、𒀭𒉣𒃲(dingir-nun-gal)、𒀭𒄿𒄄𒄄(dingir-i-gi4-gi4)

 メソポタミア神話においては、上級の神々(アヌンナキ)に支配された下級の神々。
 名前の意味は、シュメール語の楔形文字では『見張る者(文字の直訳:固定された目)』、アッカド語の楔形文字では『偉大なる王子』になる。
 伝承によると、ある時イギギが、シャパトゥ(ヘブライ語ではサバト:安息日)にストライキを起こし、世界を維持する作業を続けることを拒ん時、エンキは人間を作って作業をさせ、神々が働かなくともよいようにしたといわれている。

 

■注20 アヌンナキ/楔形文字:𒀭𒀀𒉣𒈾𒆠(dingir-a-nun-na-ki) ※この楔形文字の表記は1例

 アヌンナキ (Anunnaki)あるいはアヌンナク(Anunnaku)とは、シュメールおよびアッカドの神話に関係する神々の集団。

 『𒀭𒀀𒉣𒈾𒆠(dingir-a-nun-na-ki)』の楔形文字を直訳すると、『偉大なる父と地の人』という意味になるので、本来の意味は、神々だけでなく地上の権力者たちも含んだ『高貴な存在』という意味合いがあったと思われる。

 アヌンナキの楔型文字の詳細は以下の通り。

 ただし、楔形文字には複数の意味を含んだ字が多いので、あくまで訳の1例となる。

 

 𒀭(dingir) ~ 『神』を示す限定詞 ※文字表記はするが発音しない。

 𒀀(a)   ~  父

 𒉣(nun)  ~ 偉大な、高貴な

 𒈾(na)     ~ 人間

 𒆠(ki)         ~ 地


 なお、アヌンナキは一般的に『天界の神々』と解釈されているが、バビロニア神話以降では『地下世界の神々』となっている。

 

■注21 イラウェラ/ゲシュトゥ(シュメール神話ではラムガと呼ばれる)

 イラウェラはアッカド神話における知性の神である。この神の血が人類の創造に使われた。
 また、シュメール神話のラムガは、木工の神である。

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シュメールの都市ウルのジッグラト

 神々のために創造された人間は、神殿建設などの労働に勤しんだそうです。

 

●画像引用 世界雑学ノート

ギビル

 ギビルは下級神イギギの1柱である火と鍛冶の神。

 イギギはギビルのように技能職の権能を持った神格が多かったようです。

 シュメール時代は下級神とされていたイギギですが、バビロニア時代になると、イギギが天界の神、アヌンナキが地下世界の神となりました。

 アヌンナキに対するイギギの反逆が成功したということになるのでしょうか。

 

●画像引用 KA TAN LA TERRA DEGLI ANTICHI DEI/ANUNNAKI

 イギギ=グリゴリとした時、メソポタミア神話における大洪水以前の歴史は以下のような流れで考えることができるのです。

 

①重労働に不満を抱き、イギギがストライキを起こす。
 その結果、イギギに代わる労働者として、エンキの発案で人間が造られる。

 

②人間が神々のために労働を担ったが、次第に人口過剰になり、そのことに懸念を抱いたエンリルが人類に災厄を送る。
 災厄の原因として、神話では人口過剰による『騒音』や『喧騒』でエンリルの眠りが妨げられたためと書かれているが、これは『騒音をメタファー(比喩)にした社会問題』とも考えることができる。
 いずれにせよ、人口過剰がエンリルに何かしらの問題意識を与え、それが人間への害意の原因になったようである。

  

③エンリルの災厄から守るため、エンキの指示を受けたイギギが人類を助ける。
 この際にイギギが人間の娘に子供を産ませたかは不明。

  

④疫病や飢饉などの災厄を乗り越えてさらに増加した人類を滅ぼすため、エンリルが大洪水を引き起こす。
  その前に、エンキの命令を受けたイギギの誰かが、アトラ・ハシースに神々の大洪水計画を伝え、船を建造するよう指示する。 

 

 エノク書では、大洪水の際にグリゴリが処罰されていますが、これをメソポタミア神話に当て嵌めると、人類を助けたエンキの罪をイギギが被った可能性がありますね。
 つまり上司が部下に責任を押し付けたことになりますが、綺麗事抜きにして考えると十分あり得そうな気がします。

 仮にそうだとしたら、エンキはイギギから恨みを買っているかもしれませんね。


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太陽系が描かれているという粘土板

 ゼカリヤ・シッチン関連の著作に頻繁に登場する粘土板。

 赤枠部分が太陽系であり、この中にアヌンナキの故郷の惑星ニビルも描かれているそうです。

 

●画像引用

Planet X / Nibiru: An analysis of Akkadian Seal VA/243

バビロニア神話の主神マルドゥク

 バビロニア神話では主神となっているマルドゥクですが、ハンムラビ法典などで言及されるように元々はイギギに属し、創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』ではイギギのリーダーとされました。

 

●画像引用 Wikipedia

ギルガメシュ

 伝説のウルクの王ギルガメシュの体は、3分の2が神、3分の1が人間だったそうです。

 

●画像引用 The Epic of Gilgamesh

 大洪水以前の文明レベルという点では、メソポタミア神話はエノク書の記述ほど高度さは感じさせませんが、それとは違う方向で興味深いです。
 特に現代にも通じるようなリアリズムが目を引きます。

 

 この神話の中では、人間は労働用ロボット=奴隷に過ぎず、過剰に増え過ぎたというだけで災厄を送られたり、絶滅させられそうになったりする、哀れな存在でしかありません。
 現実でも、人権思想が浸透するまでは似たような人間社会の構図が世界各地で見られましたし、現代でも事実上の奴隷制がまだ残っている地域もあります。

 メソポタミア神話では、そうした支配者と被支配者の関係を、神話という形で虚飾なく描写したのかもしれません。

 とはいえ、それでも大洪水以前の世界はそれ以後よりも概ね幸福だったように思えます。少なくともエンリルが関わるまでは。


 メソポタミア神話の傾向として、基本的にエンリルは神々の王ながらも人間にとって迷惑な存在であり、エンキの方が友好的に描かれました。
 超古代文明の時代において、エンリルまたはエンリルに当たる権力者が、神話で描かれたように荒々しくて短気な性格だったかどうかは定かではありません。

 こうしたエンリルとエンキの関係は、ゼカリア・シッチン〈注22〉の著作では明確に敵対するものとして描かれました。

 

 神話集(『古代オリエント集:筑摩世界文学大系』)を読む限り、確かに両者は考え方に違いがあり、険悪な関係があることを想像させますが、シッチン説のように戦争をする描写はありません(シッチン曰く、エンリルの息子ニヌルタ〈注23〉とエンキの息子マルドゥク〈注24〉との間で戦争があったそうです)。
 実際に両陣営で戦争をしたのであれば、他のアッカド神話で描かれたような『マルドゥクVSティアマト〈注25〉』や『ニヌルタVSアンズー〈注26〉』のような物語があってもよいはずです。

 

 イギギをエノク書に登場する堕天使グリゴリと同一の存在として仮定すると、処罰されたイギギ=グリゴリの上司としてエンキがエンリルと対峙した可能性はあります。

 ただ、エンキが武力を用いてエンキに歯向かった物語はなく、人類を絶滅させないよう彼を説得する立場に回っているだけです。

 イギギのリーダーとされるマルドゥクも、大洪水関係の物語には全く登場しません。

  マルドゥクが活躍するのは、彼のプロパガンダ物語である『エヌマ・エリシュ〈注27〉』だけです。そういう意味では、彼らは政治的対立はあっても同じ組織の存在であり、シッチン説は創作にしてもやり過ぎな感じはしますね。

 ただし、両者の対決の神話はメソポタミア神話では直接描かれず、別の神話大系――例えば一神教の神話における神・天使VS悪魔というような『名前を変えた形』として描かれた可能性はあり得るかもしれませんが、今回はその件について触れません。


 なお、メソポタミア神話ではもう一つ重要なことがあります。
 それは世界各地の神話で語られる巨人伝説、特に『神々VS巨人』の戦いを描いた物語がないことです。※竜との戦いはあります。

 『フンババ』という巨人は登場しますが、こちらは精霊的な存在であり、神に対抗するような神格ではありません。

 

  最古の神話といわれるメソポタミア神話において、巨人との戦争物語がないのは何故でしょうか。
 考えられる可能性の1つとしては、メソポタミアの神々であるアヌンナキやイギギ自体が巨人だったからかもしれませんね。   

 

 というのも、人間の父と女神の母から生まれた半神の英雄にしてウルク〈注28〉の王――ギルガメシュは推定体長4mにもなる大男だったそうですから。

 もっとも、これは壁画などで残されたギルガメシュ像から推測しただけなので当てにはなりませんが、シュメール語で王を示す単語の1つ『ルガル(楔形文字:𒈗)』は、直訳すると『大きな人』という意味になります。

 これが単に『偉大な人』を指しているのか、あるいは実際に体格も大きかったのかは不明です。

 

 以上、メソポタミア神話の『大洪水以前の世界』でした。

 次回はギリシア神話の『大洪水以前の世界』について考察したいと思います。


【注釈 22~28】

 

■注22  ゼカリア・シッチン

 ゼカリア・シッチン(1922年6月11日 ~2010年10月9日)は、人類の起源に関して古代宇宙飛行士説をとる書物の著者である。
 シッチンは、古代シュメール文化の創造は、アヌンナキ(もしくはネフィリム)によるとの考え方をとっている。
 アヌンナキは、ニビルと呼ばれる太陽系に属する惑星から来た種族だという。
 シッチンは、この説を反映したものとしてシュメール神話があげられるとしている。
 いくつかの科学者・歴史家・考古学者は、彼のこの説に対し、古代文献の解釈や物理学に関する理解に問題があるとしている。
 また高位のフリーメイソンだともいわれている。

 

■注23 ニヌルタ/楔形文字:𒀭𒎏𒅁(dingir-nin-urta)

 ニヌルタまたはニンウルタ(Ninurta)は、バビロニアやアッシリアで崇拝された、メソポタミア神話の、豊穣(農業・狩猟)と戦闘の神。
 意味は『大地の主』。エンリルとニンリル(変形神話では『ニンフルサグ』)の息子。

 古くは、『ニニブ(Ninib)』と呼ばれ、時には創造神・太陽神・秩序の神として描かれていた。
 ニヌルタはラガシュの都市神『ニンギルス(Ningirsu』と同じ神とされている。ニヌルタ(ニンギルス)のシンボル(聖獣)は『双頭の鷲』。
 元来はシュメール地方を中心としてまつられた大地の神で農業や狩猟などの豊穣をつかさどったが、後に狩猟から戦闘の神の要素が強まっていった。
 主な武器は『シャルウル(全ての破壊者)』と『シャルガズ(全ての殺害者)』という2つの棍棒。

 

■注24 マルドゥク/楔形文字:𒀭𒀫𒌓(dingir-amar-ut)

 マルドゥク(Marduk:マルドゥーク、マルドゥック、シュメール語ではアマルウトゥ)は、古代メソポタミア神話の特にバビロニア神話などに登場する男神。
 バビロンの都市神でバビロニアの国家神。
 後にエンリルに代わって神々の指導者となり、アッカド語で「主人」を意味するベールと呼ばれた。
 この神を主人公とする『エヌマ・エリシュ』では、世界と人間の創造主でもある。
 マルドゥクは木星の守護神であり、太陽神・豊穣神・呪術神であり、英雄神でもあるが、複数の神の性質を吸収したので上記のような存在になったと思われる。

 このような経緯で多様な性質を持つようになった神は、メソポタミア神話以外にも存在する。

 なお、ニビルは神話学では木星を指しているといわれ、マルドゥクの別名の1つとなっている。

 

■注25 ティアマト

 ティアマト(tiamat)は、メソポタミア神話(シュメール、アッシリア、アッカド、バビロニア)における原初の海の女神。
 淡水の神アプスーと交わり、より若い神々を生み出した。
 彼女は原初の創造における混沌の象徴であり、女性として描写され、女性の象徴であり、きらきら輝くものとして描写される。
 彼女の原型は、シュメール神話に登場する原初の海を神格化したナンムであったとされる。
 ティアマトの容姿は世界を創る材料にされるほど巨大であり、「大洪水を起こす竜」と形容された。
 彼女をウミヘビ、あるいは竜と同一視し、以前にもその姿はドラゴンであると考えられていたが、神話や関連文献の中にそれを指し示す記述は存在しないことから現在では否定され、(明確ではないが)神話の中では水の姿と動物(おそらくラクダかヤギ)の姿との間で揺れ動いている。

 

■注26 アンズー/楔形文字:𒀭𒅎𒂂𒄷(an-im-dugud)

 アンズー、またはズーは、メソポタミア神話に登場する怪物。

    現在ではアンズーがより正確な呼称であるとされる。当てられた楔形文字から推測される名前の意味は『嵐雲の空』と思われる。
 ライオンの頭を持つワシの姿で表されることがある。
 アンズーは天の主神エンリルに仕えていたが、主神権の簒奪を目論み、主神権の象徴である「天命の書板」を盗み出してしまう。
 この話はいくつかバージョンがあり、あるバージョンでは、「天命の書板」を取り返すために神々がルガルバンダを送り込み、彼がアンズーを殺したことになっており、
 別のバージョンでは、エアとベレト・イリがニヌルタを書板の奪還に向かわせたという。 また、アッシュールバニパルの讃歌では、マルドゥクがアンズーの討伐を命じられている。  一神教における堕天使ルシファー神話の原型の1つと思われる。

 

■注27 エヌマ・エリシュ

 『エヌマ・エリシュ』は、バビロニア神話の創世記叙事詩である。
 この文献は、マルドゥク神が中心に据えられ、人間は神々への奉仕のために存在しているといった、バビロニア人の世界観を理解する上で重要なものである。
 内容自体は、バビロニア王ハンムラビがメソポタミアを統一して都市神マルドゥクの地位が向上した、紀元前18世紀に成立したと考えられている。
 紀元前14世紀から12世紀に成立したという説もある。アッシュールバニパルの図書館のものは、紀元前7世紀にさかのぼる。
 書かれた当初の目的は神話の記述というよりも、バビロンの都市神マルドゥクが他の都市の神に比べて優越していることを示すためであったといわれている。

 

■注28 ウルク/楔形文字:𒌷𒀕(uru-unugu、アッカド語の発音はuruk)

 ウルクは古代メソポタミアの都市、またはそこに起こった国家。
 古代メソポタミアの都市の中でも、屈指の重要性を持つ都市である。
 都市神はイナンナ(アッカド神話のイシュタル)。
 場所はシュメールの最南部に当たり、イラクという国名の由来になったとも言われている。都市が起こった当時は他都市の2倍を超える250ヘクタールほどの面積であったと推察され、シュメールの都市国家では最大の広さを誇った。

参考・引用

■参考文献

●古代オリエント集(筑摩世界文學体系1) 筑摩書房

●古代メソポタミアの神々 集英社

●古代メソポタミアの神話と儀礼 月本昭男 著 岩波書店
●SUMERIAN LEXICON JOHN ALAN HALLORAN Logogram Publishing

●マハーバーラタ(下) C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳 

 

■参考サイト

●Wikipedia