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ノアの箱舟
●画像引用 Wikipedia
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巨人
●画像引用 Wikipedia
旧約聖書には、大洪水の前に『神の子ら』が、人間の娘を気に入って娶り、『ネフィリム』が生まれたという記述があります。
『巨人』とも訳されるこのネフィリムという存在は、大洪水以前の世界の英雄だったとも伝えられており、旧約聖書の中では明確に悪なる存在とは記されていません。
ネフィリムが邪悪な巨人として具体的に描かれたのは、偽典とされた『エノク書〈注6〉』などです。
エノク書では、旧約聖書で言及された『神の子ら』が『グリゴリ(見張る者)〈注7〉』という天使という名前で呼ばれ、如何なる活動を行ってきたのかが記されています。
このグリゴリと人間の娘の間に、体長1350mに及ぶ巨人(ネフィリム)が生まれたそうです。
これらの巨人たちは桁違いの大食感であり、人間の食物を食い尽くすと人間を、さらには巨人同士で共食いを始めたとのこと。
エノク書では、こうした暴虐極まりない巨人達を成敗するために、神が大洪水を起こしたことになっています。
さて、賢明な皆さんなら、ここまで読んでお気付きになるでしょう。
おい、『人間の堕落』とやらはどこに行ったんだ?――と。
【注釈 6~7】
■注6 エノク書
『エノク書』(古代エチオピア語)または『第一エノク書』は、紀元前1~2世紀頃成立と推定されるエチオピア正教会における旧約聖書の1つ。
旧約聖書に登場する大洪水以前の預言者エノクの啓示という形をとる黙示文書である。
多くの文書の集成であり、天界や地獄、最後の審判、ノアの大洪水についての予言などが語られており、天使、堕天使、悪魔の記述が多い。
■注7 グリゴリ(Grigori)
グリゴリあるいはエグリゴリとは旧約聖書偽典『エノク書』に出る堕天使の一団。
原義は『見張る者(ギリシア語:egrḗgoroi/ἐγρήγοροι)』という意味である。
霊的な存在とされる一般的な意味での天使とは異なり、彼らには肉体があって人間と性交することができたようである。
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グリゴリ
●画像引用 Wikipedia
巨人の化石(?)といわれる写真
●画像引用 Humor & Whimsy
ここまで読む限り、人間の過失は余り見られません。というか人間はただの被害者にしか見えません。
グリゴリの堕天は、天使たちの管理者である神の責任ともいえるし、地上を荒廃させたのもグリゴリの子供たちであるネフィリムです。
この流れからすると、手に負えなくなったネフィリムを神が人間を巻き添えにして処分したとしか思えません。
警察が、無関係な一般人を巻き添えにして犯罪者集団をマシンガンで虐殺するが如き暴挙を感じます。いや、それよりもずっと酷い……。
とはいえ、エノク書は人間の堕落についてもきっちり言及しています。
『降臨』したグリゴリたちは、人間に禁じられた数々の知識を教えました。
その内容は、文字と筆記術、武器(剣や盾など)・装飾品の製造法、占星術、化粧、気象学、魔術、薬学、医術、堕胎術、月の運行などです。
……どうですか? かなりの情報量でしょう。
旧約聖書における大洪水以前の世界――いわゆる超古代文明が、金属加工や歴法などを持った文明社会だったとすぐにわかる内容です。
エデンの園〈注8〉から追い出されて以来、原始的な生活を人間にとって、こうした知識は有難かったでしょうが、その結果、男達は武器で争い、女達は化粧で媚を売ることを覚えたとか。そして地上の人間達は神を蔑ろにし、姦淫などの様々な悪行が蔓延るようになったそうです。
きっかけはグリゴリが教えた知識でも、それを得た後の堕落は人間の責任ということになり、大洪水が決定された際、神の御眼鏡に適う人間は、ノアだけになってしまいました。
言い換えるなら、大洪水という刑罰において、積極的な処分対象はあくまで巨人達ですが、ノア以外の人間の安全は全く考慮されなくなってしまったのです。
【注釈 8】
■注8 エデンの園
エデンの園は、旧約聖書の『創世記』に登場する理想郷の名。楽園の代名詞になっている。メソポタミア神話の『太陽の昇る場所――ディムルン』がエデンのモデルだといわれているが、『グ・エディン・ナ(平野の境界の意)』という肥沃な土地がエデンに当たるという説もある。
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反逆天使の堕天
画像引用 Wikipedia
上記は、よく考えれば理解できなくもない理屈です。
如何に堕落したとはいえ、人間自体に大した危険がないなら『大洪水による虐殺』という大がかりな処分を下す必要はありません。
実際、現代の文明も、始まりの頃から悪徳な歴史を紡いでいますが、滅ぼされていないですよね……少なくとも今のところは。
巨人が神の権力を脅かすほど力を持つようになったため、つまり神に恐怖を抱かせるほどの存在になったため、地上の被造物を全て無に帰すような処置が必要になったと考えることもできるのです。
『怒り』よりも『恐怖』の方がより強い動機になりますしね。
――神は巨人達に恐怖した。そして人間は神にとって助けるに値する存在ではなくなっていた。
故に神は人間ごと巨人達を滅ぼしてしまおうと考えた。
神に忖度せず、大洪水に至る記録を書く者がいれば、上記のような内容になるでしょうか。
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さて、話はズレましたが、旧約聖書における超古代文明についてまとめてみましょう。
ポイントは以下の通りです。
①文字や筆記の文化がある。
②金属や貴金属を加工する技術がある。
③程度は不明だが薬学や医療も発達している。医療関係では堕胎までできる。
④占星術を含め、天体や気象を観測する学問・技術がある。
特筆すべきは、上記の知識・技術は全てグリゴリと呼ばれる天使たちに教えられたことであり、彼らと人間の子供として巨人がいたことです。
巨人の異常なまでの体長についてはちょっと信じられないですが、グリゴリを宇宙人として解釈するなら、
「つまり、地球人は宇宙人によって文明を与えられたんだよ!!(ΩΩΩ:な、なんだってー!?)」
という、いわゆる『宇宙考古学』が成立するので興味深いですね。
また旧約聖書を読むと、大洪水以前の人間の寿命に驚きます。登場人物の誰もが、数百歳を軽く生きているのです。
グリゴリが人間の娘たちとの間に子供をもうけたことが気に入らなかった神は、「私のルーアハ(聖霊)は長く人の中に留まらない」と言って人間の寿命は120歳(まで?)にしたはずなのに、ノアは502歳でセムという息子をもうけています。
神のお気に入りであるノアやその一族だけは特別なのかもしれませんが。
ちなみに神話の時代の人間が長命である傾向は、旧約聖書以外の場合でも見られます。
過去の理想郷が素晴らしかったという思いや、権力者の先祖の神性をアピールするために寿命を長くしたという説もあるようですが、あるいは超古代と現代では環境が大きく違うのかもしれません。
神話世界をもっともらしく理論付けした『創造論(創造科学)』では、「超古代では現代より遥かに『酸素濃度』が濃かったために体が巨大化し、上空にあった水蒸気層が有害な放射線を遮断していたので寿命な長くなったのだ」と主張しています。
何にせよ、旧約聖書の『大洪水以前の世界(超古代)』は、現代をも超えるかどうかまではわかりませんが、かなり高度な文明だったようです。
今回の話はここまでとなります。
次回は人類最古の文明といわれるメソポタミア神話の『大洪水以前の世界』を探っていきたいと思います。
参考・引用
■参考文献
●旧約聖書Ⅰ創世記 月本昭男 訳 岩波書店
●聖書外典偽典4(旧約偽典Ⅱ) 村岡崇光 訳(日本聖書学研究所編) 教文館
●天使の世界 マルコム・ゴドウィン 著/大滝啓裕 訳 青土社
●天使辞典 グスタス・デイヴィッドスン 著/吉永進 監訳 創元社
■参考サイト
●Wikipedia
●レムナント・ミニストリー